つぼみのまま枯れる
つぼみのまま枯れる
長生きなんかごめんだ。
つぼみは押し入れの奥で膝を抱えて耳をふさぐ。襖の向こうでは母親と名前も知らない男の荒い息が聞こえる。耳をふさいでもふさいでも、その音はつぼみの胸に突き刺さる。
「あんたの父親? そんなのわかるわけないわ」
高校受験の時に取得した戸籍謄本に、つぼみの父の名はなかった。母は行きずりの男と寝る事で金を稼ぐ女だ。つぼみの父親は金なのかもしれなかった。
「あんたなんか失敗作なのよ。妊娠にきづかなくて時間がたっちゃって。しかたないから産んでやったのよ」
幼いころから言われ続けた言葉に、今ではもう慣れた。心は麻痺してしまったみたいに、その言葉を聞いても何も感じなくなっていた。
「高校だけは出してやるから、卒業したらさっさと出ていってよね」
その温情に涙が出そうだと、つぼみは唾を吐き捨てるような思いで呟く。どうせなら卒業式の日にこの部屋で首を吊って死んでやろうか。その日やってきた男は災難なことだろう。想像して少しだけ愉快になった。
長生きなんかごめんだ。
成績もよくない、なんのとりえもない自分なんか、結局母と同じように生きていくことしかできない。他の何にもなれやしない。つぼみなんて名前、皮肉なだけだ。花咲くことなどあり得ないのに。
「名前の由来? バカなこと聞くんじゃないよ。そんなの産婆が勝手に決めたんだ」
できる事ならその産婆に言ってやりたい。どうしてもっと醜悪な、身の毛もよだつような名前にしてくれなかったのかと。そうだったなら、この苦しい世界でも強くいられたかもしれないのに。
つぼみはポケットのなかに潜めたカッターナイフで左のひじの内側に傷をつける。放射状に切れ目を入れると、血が湧きでてきてぷっくりとふくらみ、まるで花が咲いたようだ。密やかに笑う。
「長生きなんかごめんだ」
一人呟き、腕の血を舐めた。