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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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つぼみのまま枯れる

つぼみのまま枯れる

 長生きなんかごめんだ。

 つぼみは押し入れの奥で膝を抱えて耳をふさぐ。襖の向こうでは母親と名前も知らない男の荒い息が聞こえる。耳をふさいでもふさいでも、その音はつぼみの胸に突き刺さる。


「あんたの父親? そんなのわかるわけないわ」


 高校受験の時に取得した戸籍謄本に、つぼみの父の名はなかった。母は行きずりの男と寝る事で金を稼ぐ女だ。つぼみの父親は金なのかもしれなかった。


「あんたなんか失敗作なのよ。妊娠にきづかなくて時間がたっちゃって。しかたないから産んでやったのよ」


 幼いころから言われ続けた言葉に、今ではもう慣れた。心は麻痺してしまったみたいに、その言葉を聞いても何も感じなくなっていた。


「高校だけは出してやるから、卒業したらさっさと出ていってよね」


 その温情に涙が出そうだと、つぼみは唾を吐き捨てるような思いで呟く。どうせなら卒業式の日にこの部屋で首を吊って死んでやろうか。その日やってきた男は災難なことだろう。想像して少しだけ愉快になった。


 長生きなんかごめんだ。

 成績もよくない、なんのとりえもない自分なんか、結局母と同じように生きていくことしかできない。他の何にもなれやしない。つぼみなんて名前、皮肉なだけだ。花咲くことなどあり得ないのに。


「名前の由来? バカなこと聞くんじゃないよ。そんなの産婆が勝手に決めたんだ」


 できる事ならその産婆に言ってやりたい。どうしてもっと醜悪な、身の毛もよだつような名前にしてくれなかったのかと。そうだったなら、この苦しい世界でも強くいられたかもしれないのに。


 つぼみはポケットのなかに潜めたカッターナイフで左のひじの内側に傷をつける。放射状に切れ目を入れると、血が湧きでてきてぷっくりとふくらみ、まるで花が咲いたようだ。密やかに笑う。


「長生きなんかごめんだ」


 一人呟き、腕の血を舐めた。

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