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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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春解け水

春解け水

「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」


 昔の人は的確なことを言うな、と梨絵はため息をつきながら思う。

 三ヶ月もたつのに忘れられないのは日々があっという間に過ぎたからだろうか、それともまだ好きだからなんだろうか。


 健と別れたのは十二月二十四日。

 何もそんな日にふられなくても良さそうなものだけど、健曰く「もう一緒に記念日的なことをする気にはなれないんだ」ということだった。

 理由はなんとなく思い当たる。ずっとそんな予感はしていた。健には他に好きな人がいた。ずっと。


「一月は行く」

 とにかく年末から一ヶ月は何もする気が起きなくて、寝て起きて仕事、寝て起きて仕事、寝て起きて。気がついた時には一月はとっくに下旬になっていた。


「二月は逃げる」

 世間がバレンタインで大騒ぎしている中、その喧騒に目を奪われないように目も耳も必死でふさいで何も見ていなかった。


「三月は去る」

 日が経っても気持ちは全然晴れなくて、寂しさが募っていく。食欲もなくて5キロも痩せた。リバウンドが怖い。

 このまま四月になったら、どうなるんだろう。まだずうっと辛いまま過ごしていかなければならないのだろうか?


「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」

 

じゃあ、四月は? しがつは……しぬ?


 ぞっと寒気が背筋を駆け上る。自分で考えたことを冗談だと笑えない。今のままずっと思いつめて過ごしていたら、いつかそうなってしまいそうな予感がして……。




 

「及川さん、最近なにか悩みごと?」

 

 主任に声をかけられたのは昼休み。食欲が無くて机に座ったままぼんやりしている時だった。


「え……」


「困ったことがあるなら、聞くよ。どうしたの?」


 優しい声音に、私の口から思わぬ言葉が飛び出した。


「一月は行く、二月は逃げる、三月は去る」


「え?」


 主任は首をかしげる。


「知ってます?」


「ああ。聞いた事はあるよ」

 

「続きは……、四月はどうなると思いますか?」


 にっこりと笑って主任は言った。


「四月はしあわせやってくる、じゃないかな」


 その笑顔があまりに優しくて、その言葉があまりに前向きで。梨絵の目に涙が浮かんだ。それは長い冬の終わりを告げる雪解け水のようだった。

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