エナジー イン
エナジー イン
大失敗をした。
サチホの人生史上最大の失敗だ。
上司にあわせる顔がない。というか懲戒免職ものだ。
と、サチホは思っていたのだが、実際は叱責も軽いもので、気に病みすぎるなと励まされたくらいだった。
かえって、気がふさいだ。
自分には誰も期待していない、失敗するのが折り込みずみと言われたように感じた。
しかも退社時間に雨が降り始めた。朝、がんばって整えたくせ毛がにょろりと跳ねる。
傘をさし、社屋から出て、しかしすぐに帰りの電車に乗る気にはなれなかった。
いつもより遠回りしよう。一人でうなずき、曲がったことのない角を曲がる。
しばらく進むと、埃っぽい雨のにおいの向こうから、コーヒーの良い香りがした。
顔をあげると、一軒のこじんまりしたカフェ。そこそこお客さんが入っている。
無言で店にはいる。
「いらっしゃいませ」
可愛らしい店員に向かえられ、ゆっくりとショウケースをのぞく。大好きなレモンタルトがある。レモンタルトとブレンドコーヒーを頼み、椅子に深く腰をかけた。
「はぁ〜」
ため息とともに肩から力が抜けた。
タルトとコーヒーが空になる頃には、気分はすっかり良くなっていた。
ケーキ一つでご機嫌がなおるなんて女子だなあ、ちょっとかわいいじゃない? ほくそえんだ。
女子だなんて呼ばれなくなって何年もたつけれど。
店を出ると、雨は小降りになっていた。
傘はささず、足取り軽く、家路についた。




