その奥の暗闇から
その奥の暗闇から
祖母の家に行くのがいやだった。
我が家に遊びに来るときには抱えきれないほどお土産をくれる祖母は大好きだったのだが。
祖母の家は古い庄屋で畳敷きの部屋がいくつもあった。小さい頃はいとこたちと家のなかでかくれんぼしていた。
和恵が、消えた。
私の四つ年上のいとこ。その時かくれんぼにかたっていた子供たちは皆わけもわからず泣き叫んだ。
和恵が最後に目撃された部屋には箪笥が一竿あるだけだった。和恵の母親は狂ったように箪笥の引き出しを開け閉めしては
「和恵ちゃん、和恵ちゃん、鬼ごっこは終わりよ」
と、呼ばわっていた。髪振り乱したその人は、後年、精神の均衡をくずしたという。
箪笥があるその部屋は、建物の真ん中に位置するようで、四方を襖で閉めきられ、窓もなく、昼でも真っ暗だった。
なぜか箪笥は部屋の真ん中に置かれ、箪笥の裏には奇妙な紋様が描かれていた。小さな頃には、それは文字なのだろうと思っていたが、長じてみると、それは知っているどんな文字とも違い、文字というよりは記号、記号というよりは狂人の落書きのようだった。狂った筆致で狂った歓喜を書きなぐったようだった。
和恵の母親が消えた。
最後に見た人は母親が箪笥の部屋に入っていったと言った。ふらふらと、楽しそうに笑いながら。その後、和恵の母親を探して箪笥の引き出しを開けると、一番上の棚がべったりと血で赤く染まっていた。
和恵の母親は今も見つかっていない。
祖母の家に行くのがいやだった。
その暗い部屋からなにものかが手招きしているようで。私がなくなってしまうようで。
母が死んだ。
父のいない私のたった一人の家族。
祖母の家に行くのがいやだった。けれど、葬儀は祖母のもとで執り行いたい。
祖母の家に行くのがいやだった。
けれど葬儀の日はやってきて。
気づくと私はその部屋にいた。
そうだ、喪服だ。私は喪服を取りに来たのだ。箪笥の中に喪服がある。
私は箪笥の一番上の段から開けていく。
一番上はからっぽ。
二番目もからっぽ。
三番目もからっぽ。
四番目もからっぽ。
五番目もからっぽ。
六番目は……
和恵がいた。
「みいつけた」
ただ、闇だけが私に訪れた。




