囚われ
囚われ
格子の窓から外を眺める。雪が降りしきる中、マリエルはひとつ溜め息をつく。その息は姫の肌のように白くそまり、虚空へと消えた。
「マリエル様、あまり窓のそばにお近づきあそばすと、風邪をお召しになります」
乳母ができるだけ窓から離れた場所へ椅子を引きながら呼びかける。マリエルは乞われるまま椅子に身を沈めると書物に手を伸ばした。
「また読書でございますか。婦女子のたしなみとして刺繍などなさってみては……」
マリエルは静かにページを繰る。
「囚われの身で花嫁修業をして何の役にたちましょう。それよりも先人の知識に触れていた方がどれほど有益か。国を亡くしたわたくしには無駄な時間はないのです」
「ですが、姫さま……」
口を開こうとした乳母の耳に硬い靴音が聞こえた。それはマリエルの耳にも届き、そっと書物を机に置いた。金属が擦れ合う音がして牢の扉が開かれ二人の男が入ってきた。
「マリエル姫、本日もお美しい。ご機嫌はいかがでしょうかな」
騎士を引き連れて現れた男は十本の指それぞれに違う色の宝石がついた指輪をはめていた。
「おかげさまで、ヒューゴ殿下。快適に過ごしております」
ヒューゴは声を上げ笑う。
「この粗末な牢屋で快適とは。姫の祖国はよほど簡素を重んじられたと見える」
乳母がきりきりと歯ぎしりしたが、姫は片手を上げ、乳母の発言を押さえた。
「ええ。殿下のおっしゃる通り、我が国は貧しくともつつましくありました。あなたのように貪欲に隣国に攻め入ろうなどとはいたしません」
「さようでしょうな。おかげであなたの国の兵士は赤子のようにもろかった。あなたも見たでしょう、目の前で。近衛の兵どもがたった一人の男に斬り伏せられるところを」
姫の眉がぴくりとはねる。
「この男にあなたの首も撥ねさせてもよいのですよ。それが嫌ならば……」
ヒューゴの傍らに立つ騎士はエメラルド色の瞳を床に伏せる。マリエル姫は固く目を瞑って毅然と胸を張る。
「撥ねるならば今すぐ撥ねるがよろしいわ。わたくしはあなたに嫁ぎはいたしません」
ヒューゴは舌打ちすると、きびすを返した。
「いつまでも強情を張っていられると思わない事です。この北の牢屋で冬を越せたものはいないのですからな」
姫は目を背けていたが、ヒューゴの足音が遠ざかると、牢の入り口に目を向けた。そこにはまだ騎士が立っており、姫を見つめていた。
「なにかご用ですか」
感情を表さないようにと思っても、姫の声音は自然と硬くなる。自らが救えなかった臣下の姿が瞼の裏に蘇る。その臣下の血を受け残忍に、しかしなお美しいままだった騎士の姿も。
騎士は黙ったまま一冊の本をテーブルに置くと、扉をくぐり鍵を閉めた。その硬質な音に、姫はほうっと息を吐く。
乳母が本を手に取り壁に投げつけようとする。
「やめて、ばあや!」
「……姫さま」
乳母は手を止め、姫をかえりみる。
「誰がもたらしたものでも、それは大切な知識よ」
姫は乳母の手から、そっと本を取り上げると胸に抱いた。
「大切なものよ」
姫は本の表紙に優しく指を這わせた。