竜と姫君 5
竜と姫君 5
「と、トーリン殿……。これは、この赤い生物はいったい……?」
焚き火の火の番をしていたマーガレット姫は、猟から帰った魔術師が抱えてきた獲物を見て、頬をひきつらせた。
「おや、姫はこれを見たのは初めてですか? これは赤スライム。美味しいですよ」
「今、なんと!?」
「美味しいですよ?」
「いえ、その前」
「赤スライム?」
「いえ、その前」
「初めて?」
「ああ! もう、まどろっこしい! 私のことを姫と呼びませんでしたか!?」
魔術師は首をひねる。
「呼びましたが……それがなにか?」
「私が姫だと気づいていたのですか!?」
「はい」
「いつから!?」
「初めから」
姫は深いため息をついた。
「……ばれていないと思っていたのに」
「王宮の謁見の間に肖像画がありましたから」
「あれは10歳の時の絵です」
「何年たっても骨格は変わりませんからね」
「骨格……」
「あの肖像画を描いた絵師の腕は見事ですね。骨格、肌の質感、髪の一本まで完璧でした」
「気づいていたなら、なぜ供にしていただけたのですか?」
魔術師は、きょとんと首をかしげた。
「行きたそうだったからですよ」
「え?」
「竜退治に、自ら行きたかったのでしょう?」
姫はぽかんと口を開けた。
今まで、姫が何かをしたいと言っても、反対ばかりされてきた。理由は「姫だから」。そんな曖昧な理由で黙るようなおとなしい姫ではなかった。
しかしそれでも、だからこそ。無理を通すよりも、自分の意思を尊重してもらえた、その喜びは大きかった。
「……うれしいです」
魔術師はにっこりと笑う。
「では、食事にしましょうか。赤スライムは刺身が絶品なんですよ。すぐにさばきますからね」
にこにこ笑う魔術師の手の中、じたばた暴れる赤スライムを横目で見て、姫は再び頬をひきつらせた。
(これを食べたくないと言ったら、その要望はとおるだろうか……)
煩悶したが、姫の腹は盛大な音をたてたため、今回は黙っておくことにした。




