四谷奇談
四谷奇談
小間物屋の喜兵衛という男、
互いに碁が好きという縁で、
赤坂のさる殿さまの屋敷に出入りし、
大変ごひいきになっている。
今夜も商売かたがた、夜遅くまでザル碁を戦わせ、
ごちそうにもなって、いい機嫌での帰り道、
赤坂見附は弁慶橋のたもとにさしかかった。
提灯の明かりでふと見ると、
年頃十七、八で文金島田、振袖姿のお嬢さん。
堀の方へ向かって手を合わせているから、
これは誰が見ても身投げ。
喜兵衛、そーっと寄って帯をつかみ
「まあまあ、お待ちなさい。なんだね若い身空で。
どういうわけか話してごらんな」
「おじさん、こんな顔でも聞いてくれる?」
振り向いた娘の顔は……のっぺらぼう。
喜兵衛の魂消たこと魂消たこと。
ひえ〜、と叫んで、腰を抜かさんばかり。
口があんぐりと開いたと思うと、
ぱくぱくと二三度息を継ぎ、言うことには
「あ、あ、あんたの顔、オレの理想の通りだ。ああ、夢みてえだなあ。こんな綺麗な人に出会えるなんて」
喜兵衛、きわめつけの薄い顔好きだった。
そのまま女の手を引いて、家につれて帰る。
夫婦になって、子をなした。
子が生まれたと聞くと、隣近所のものが皆、赤ん坊の顔を見に来た。
赤ん坊にはちゃあんと、顔がついていた。
目が二つ、口が一つ。眉はまだはえなくて、鼻はぺったんこ。
これを見た人たちが
「なんだ、おかみさんが、のっぺらだから、赤ん坊ものっぺらかと思ったら、ちゃんと目鼻がついてらあ。ほんとは橋の下で拾って来たんじゃないのかい?」
これを聞いた喜兵衛
「いやあ、ちゃあんとカカアとオレの血を半分ずつついでるよ。目鼻はオレ似で、眉はカカア似だ」