にゃあ!
にゃあ!
「猫ひろしってさ、あざとくない?」
テレビを見ていた夫が言う。
「あざといとは?」
「思慮深さに欠けるが、小利口であるさま。浅はかでこざかしい。抜け目がなく貪欲()であるさま。あくどい。」
「いやいやいやいや、言葉の意味ではなくてね。どういうところが?」
「オリンピック出場のために外国籍取るとかさ、結局、売れない芸人の話題作りじゃないか。そんな不純な動機でオリンピック出てさ、ほかのマラソン選手はたまらんだろ」
由香は首を傾げる。
「そうかなあ?動機が何でも、一生懸命やるのは良いことじゃないかかなあ」
夫はテレビを消し、由香に詰め寄る。
議論好きだなあ。と、内心、由香はちょっと呆れる。
「もし、由香が、マラソン選手で、日本で争って、惜しくもオリンピック出場を逃したとしたら、腹立たしくないか?」
「そりゃあ、オリンピックに出れるのはうらやましいよ」
「だろ?」
夫は、自信満々、という顔をする。
「けど、うらやましいからと言って、外国籍は取得しないし、何より、オリンピックで戦いたいのは、猫ひろしじゃないし」
夫の顔色が少し曇る。
「え、じゃ、誰と戦いたいわけ?」
「自分自身。自分を奮い立たせて、自己新記録、日本新記録、世界新記録を出す。
マラソンて、そういう競技じゃない?」
夫の眉間に縦線が寄る。
「まあ、そうかな?」
「それに、猫ひろしが頑張ることで、えと、どこだっけ?ガーナ?ケニア?その国でもマラソンが盛んになるかも知れないじゃない?」
夫の口の端がへの字に曲がる。
「それは、そうだな」
「それに何より」
畳み掛ける由香に、夫の顔が嫌そうに歪む。
「え…まだ、あるの?」
由香は人差し指を、ぴ!と立てて言う。
「参加することに意味がある!でしょ?」
「お説ごもっとも」
夫は、すっかり拗ねてしまった。
テレビをつけて、ゴロリと寝転ぶ。
由香は夫の背中を見ながら、ほくそ笑む。
議論好きなんだけど、優し過ぎて、夫はいつも、由香の論旨を認めてくれる。
その優しさが嬉しくて、由香は優しく言う。
「今夜は、トンカツにしようか?」
「…カツ丼がいい」
もしかしたら、由香が勝つたび、夫の好物を作ってやるため、味を占めて負けてるのかな?
などと思いながらも、いそいそと豚肉を買いに行くのだった。