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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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海に降る雪

海に降る雪

母が消えたのは、雪が舞う冷えた日だったことを覚えている。

私は母に手を引かれ、海岸沿いの道を歩いていた。


「りょうちゃん、聞こえる? 雪の音。海に雪が降るとね、シュッて音がするの。海に消えるしかない雪が悲しくて泣くのよ」


母はそう言うと私の手を引いたまま、波打ち際へ進んだ。母も海に消えたいのだろうか? そう思ったことを覚えている。

私の記憶はそこで途切れ、覚えているのは雪が海に触れたシュッという音だけ。



「お前の母親は男を作って出ていったんだよ」


海の話をすると父は決まってそう言った。

けれどその口調は悔しそうでもなく、恨みがましくもない。ただ淡々と情報だけを伝える言葉。父は泣くことはあるのだろうか。父の背中は何も伝えてこない。ただその時だけは、父は私を殴らなかった。


今年も雪が降る。

海に落ちて泣く。

私は海岸を歩く。

私は母に会いたいのだろうか。わからない。私の心は何も伝えてこない。

雪が泣く。


海の上を遥かに見渡す。 雪はどこまでも降りしきり、灰色の海に融けていく。白い雪がいくら降っても海が白くなることはない。

本当に?

もしかしたら、海底に雪は白く積もっているのかもしれない。

私は波打ち際へ進む。そのまま海へ入っていく。波が膝を洗う。肌が引っ掛かれたように痛む。それでも止まらず歩いていく。

足が砂につかなくなった頃、波の下に潜ってみる。


雪だ。

岩礁の上にこぽこぽと白いものが見える。海底から海面まで白いものが乱舞する。それはもしかしたらただの気泡だったのかもしれない。

けれど、ああ、本当に海の中、雪が降っていたんだと。私はその雪を手のひらで包んだ。雪はシュッと音をたてて消えた。


母さん、母さん、

雪は悲しくて泣いていたんじゃなかったんだ。

海に帰るのが嬉しくて、よろこびで泣いていたんだ。

ああ、帰ろう。私も、海へ。

私は海底にむかい、手を伸ばした。


雪が波に落ちるシュッという音だけが耳に残った。

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