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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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真理ちゃんのあちらこちら

真理ちゃんのあちらこちら

真理は朝が嫌いだ。

毎朝目覚めると、憂鬱な気分になる。

今日は日曜日。いっそ、このままベッドの中で一日過ごしてしまえば、憂鬱な洗顔をしなくても済むのだが。

生真面目な性格が災いして、真理は今日は洗濯とアイロンがけ、ベランダと台所の掃除をする、と決めてしまっていた。

何より、昼は保険会社、夜はニューハーフクラブと、違う仕事を掛け持ちして忙しくしている真理にとって、一日ごろごろなんて非生産的なことは性に合わない。


「えいや!」


と気合を入れて起き上がる。

洗面所に行くと、鏡の中には、無精ひげを生やしたオッサンが映る。


「いや〜。うつくしくないわ〜」


つぶやく。真理は可愛いものと美しいものに目が無いが、美しくないモノは大嫌いだ。

とにかく顔を洗う。ひげを剃ろうと、かみそりに手を伸ばしかけ、昨日、最後のかみそりを捨ててしまったことを思い出した。


「あちゃ〜。しまった……買ってない」


念のため、洗面台の下から台所の戸棚まで漁ってみたが、かみそりの在庫はなかった。


「今日はおニューのミニスカート穿くつもりだったのに〜」


ぶつぶつ文句を言いながら、クロゼットを開ける。

ずらりと並んだ可愛いお洋服たち。見ているだけで幸せになれる。

しかし、今は手を伸ばすわけには行かない。無精ひげ生やしたオッサンがワンピースなんて、考えただけで貧血を起こしそうだ。真理の美意識は異様に高い。


数少ない男物の衣類から、ジーンズとボタンダウンのシャツを選ぶ。

シャツはインしてシルバーバックルのベルトをつける。襟は3段目まで開けて、シルバーのごついネックレスと揃いのブレスをつける。

髪は無造作に散らしておく。


「よし。見苦しくないオッサンになったぞ」


口調もオッサン的に改め、スニーカーを履いてコンビニに向かう。

何はなくとも、かみそりだ。


「いらっしゃいませ〜」


レジにいたのは、いつもの女の子だ。

いつ見ても、とても可愛くお化粧してネイルも丁寧なので、真理のお気に入りなのだが、なぜかいつも男装している時にばかり出くわす。

かみそりだけを手に取り、レジへ向かう。日曜の早朝、真理以外に客はいない。

あっという間にレジは終わる。


「あ、あの……」


帰ろうとした真理を店員の女の子が呼び止める。


「ん? なに?」


「突然、すみません、あの……好きです!! あの、いつもお店に来られて、かっこいいな〜って……」


(あっちゃ〜。)

真理は頭を抱えたい衝動をぐっと抑えた。

いかんいかん。彼女の夢を壊したらいかん。最後までかっこいいオッサンを演じなければ!


「ありがとう。気持ちはすごく、うれしいんだけど……。オレ、結婚してるんだ。ごめんね」


「あ! あ……そうですよね! いえ、ほんと、すみません、気にしないで下さい!! すみません!」


ペコペコと頭を下げる女の子に近づき、真理はほっぺにキスをした。


「さよなら」



「あ、ありがとうございました〜〜」


涙混じりの鼻声の、その子の挨拶を背中で聞きながら、絶対にかみそりの買い置きは切らさないようにしよう。と、真理は心に決めた。

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