真理ちゃんのあちらこちら
真理ちゃんのあちらこちら
真理は朝が嫌いだ。
毎朝目覚めると、憂鬱な気分になる。
今日は日曜日。いっそ、このままベッドの中で一日過ごしてしまえば、憂鬱な洗顔をしなくても済むのだが。
生真面目な性格が災いして、真理は今日は洗濯とアイロンがけ、ベランダと台所の掃除をする、と決めてしまっていた。
何より、昼は保険会社、夜はニューハーフクラブと、違う仕事を掛け持ちして忙しくしている真理にとって、一日ごろごろなんて非生産的なことは性に合わない。
「えいや!」
と気合を入れて起き上がる。
洗面所に行くと、鏡の中には、無精ひげを生やしたオッサンが映る。
「いや〜。うつくしくないわ〜」
つぶやく。真理は可愛いものと美しいものに目が無いが、美しくないモノは大嫌いだ。
とにかく顔を洗う。ひげを剃ろうと、かみそりに手を伸ばしかけ、昨日、最後のかみそりを捨ててしまったことを思い出した。
「あちゃ〜。しまった……買ってない」
念のため、洗面台の下から台所の戸棚まで漁ってみたが、かみそりの在庫はなかった。
「今日はおニューのミニスカート穿くつもりだったのに〜」
ぶつぶつ文句を言いながら、クロゼットを開ける。
ずらりと並んだ可愛いお洋服たち。見ているだけで幸せになれる。
しかし、今は手を伸ばすわけには行かない。無精ひげ生やしたオッサンがワンピースなんて、考えただけで貧血を起こしそうだ。真理の美意識は異様に高い。
数少ない男物の衣類から、ジーンズとボタンダウンのシャツを選ぶ。
シャツはインしてシルバーバックルのベルトをつける。襟は3段目まで開けて、シルバーのごついネックレスと揃いのブレスをつける。
髪は無造作に散らしておく。
「よし。見苦しくないオッサンになったぞ」
口調もオッサン的に改め、スニーカーを履いてコンビニに向かう。
何はなくとも、かみそりだ。
「いらっしゃいませ〜」
レジにいたのは、いつもの女の子だ。
いつ見ても、とても可愛くお化粧してネイルも丁寧なので、真理のお気に入りなのだが、なぜかいつも男装している時にばかり出くわす。
かみそりだけを手に取り、レジへ向かう。日曜の早朝、真理以外に客はいない。
あっという間にレジは終わる。
「あ、あの……」
帰ろうとした真理を店員の女の子が呼び止める。
「ん? なに?」
「突然、すみません、あの……好きです!! あの、いつもお店に来られて、かっこいいな〜って……」
(あっちゃ〜。)
真理は頭を抱えたい衝動をぐっと抑えた。
いかんいかん。彼女の夢を壊したらいかん。最後までかっこいいオッサンを演じなければ!
「ありがとう。気持ちはすごく、うれしいんだけど……。オレ、結婚してるんだ。ごめんね」
「あ! あ……そうですよね! いえ、ほんと、すみません、気にしないで下さい!! すみません!」
ペコペコと頭を下げる女の子に近づき、真理はほっぺにキスをした。
「さよなら」
「あ、ありがとうございました〜〜」
涙混じりの鼻声の、その子の挨拶を背中で聞きながら、絶対にかみそりの買い置きは切らさないようにしよう。と、真理は心に決めた。




