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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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砂上の楼閣

砂上の楼閣

「やせなくちゃ…」


里香は、追い詰められていた。

久しぶりに顔を合わせた彼から


「一ヶ月以内に5キロ痩せなかったら捨てる」


と宣告されたのだ。


彼がスレンダーな女が好きなことはよく知っていた。

だが、里香はもともと太りやすい体質で、仕事のストレスも重なり、彼から無理強いされた経口避妊薬の影響もあったのだろう。

みるみる太ってしまった。


顔を合わすなり、回れ右して帰ろうとする彼に縋り付き、必死にお願いして、やっと貰った猶予期間だった。

なんとしても、痩せなければ。


里香は、食べ物を一切、口にしなくなった。

水も、最小限しかとらない。

体重はみるみる減っていったが、一週間もすると、飢餓感は耐え難くなっていた。


二週間目には、考えることは食べ物のことだけで、食べ物の幻覚さえ見るようになった。

宙に浮いたパンにかぶりつこうとして、空を噛み、里香はハッとした。


いけない。このままでは、食べ物が目の前にあったら、食べてしまう。

目の前に出されても、口に入れたくなくなるようにならなければ…。


里香は深夜に公園に行くと、砂場の砂で山を作った。

プリンを作るつもりだったのだが、どうみても、ただの砂山だ。

水飲み場から水を汲んできて、黙々とリアルな食べ物に見える砂像作りに没頭した。


三日目の夜、本物のコロッケそっくりの砂団子を作ることに成功した。

見ていると、口中に唾がたまる。

里香はたまらず、コロッケにかぶりついた。

すると、口の中は、砂を噛んだ嫌な歯ざわりと、耐えられない味がして、里香は思わず、吐いた。胃液も吐き、苦い水まで吐いて、やっと吐き終えた。


里香は、この結果に満足して、つぎつぎに、美味しそうな食べ物の砂像を作っては口に入れ、吐くことを繰り返した。




約束の日、目いっぱいオシャレした里香の前に立ち、彼は目を見開いた。


「おまえ、馬鹿か?」


彼の言葉に、里香は首をかしげた。


「いくら痩せろって言ったからって、やりすぎだ。骸骨じゃねえか」


里香には、彼の言葉が理解できない。

すごく、すごくがんばって、13キロも痩せたのだ。

彼だって、喜ぶはず。


しかし、彼はきびすを返すと、すたすたと立ち去ろうとした。

里香は、追いかけて、彼の手をつかむ。


「待って!ねえ、どうしたの!?私、ちゃんと痩せたのに」


彼は振り返って言う。


「だから、そんな骨と皮の化け物みたいな女、ごめんだって言ってるんだよ。お前、鏡見てないのか?」



里香の目は、目の前でひょこひょこと動く、彼の喉仏に釘付けになった。

なんだか、すごく、おいしそう…


「おい、いい加減、離せよ」


彼の言葉が、どこか遠くから聞こえるけど…今は、この美味しそうなものが気になって仕方ない…きっと、すごく、おいしい…


里香は、たまらず、喉仏に食いついた。

いつもの砂の、嫌な感触がしない。里香は、そのまま、噛み千切る。


喉笛を噛み裂かれた男の体は、背中から倒れ、穴が開いた喉からは大量の血が飛び散った。


里香は、口の中のものを夢中で咀嚼すると、真っ赤な噴水を見る。

おいしそう…イチゴジュースかな…

飛びついて、口をつけ、ごくごくと飲む。

乾ききった口や喉に、甘く沁みる。


血の噴出が止まると、里香は、もっと、もっと、と肉を噛み裂き、噛み締め、飲み下していった。


後には、本物の骸骨だけが残った。

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