砂上の楼閣
砂上の楼閣
「やせなくちゃ…」
里香は、追い詰められていた。
久しぶりに顔を合わせた彼から
「一ヶ月以内に5キロ痩せなかったら捨てる」
と宣告されたのだ。
彼がスレンダーな女が好きなことはよく知っていた。
だが、里香はもともと太りやすい体質で、仕事のストレスも重なり、彼から無理強いされた経口避妊薬の影響もあったのだろう。
みるみる太ってしまった。
顔を合わすなり、回れ右して帰ろうとする彼に縋り付き、必死にお願いして、やっと貰った猶予期間だった。
なんとしても、痩せなければ。
里香は、食べ物を一切、口にしなくなった。
水も、最小限しかとらない。
体重はみるみる減っていったが、一週間もすると、飢餓感は耐え難くなっていた。
二週間目には、考えることは食べ物のことだけで、食べ物の幻覚さえ見るようになった。
宙に浮いたパンにかぶりつこうとして、空を噛み、里香はハッとした。
いけない。このままでは、食べ物が目の前にあったら、食べてしまう。
目の前に出されても、口に入れたくなくなるようにならなければ…。
里香は深夜に公園に行くと、砂場の砂で山を作った。
プリンを作るつもりだったのだが、どうみても、ただの砂山だ。
水飲み場から水を汲んできて、黙々とリアルな食べ物に見える砂像作りに没頭した。
三日目の夜、本物のコロッケそっくりの砂団子を作ることに成功した。
見ていると、口中に唾がたまる。
里香はたまらず、コロッケにかぶりついた。
すると、口の中は、砂を噛んだ嫌な歯ざわりと、耐えられない味がして、里香は思わず、吐いた。胃液も吐き、苦い水まで吐いて、やっと吐き終えた。
里香は、この結果に満足して、つぎつぎに、美味しそうな食べ物の砂像を作っては口に入れ、吐くことを繰り返した。
約束の日、目いっぱいオシャレした里香の前に立ち、彼は目を見開いた。
「おまえ、馬鹿か?」
彼の言葉に、里香は首をかしげた。
「いくら痩せろって言ったからって、やりすぎだ。骸骨じゃねえか」
里香には、彼の言葉が理解できない。
すごく、すごくがんばって、13キロも痩せたのだ。
彼だって、喜ぶはず。
しかし、彼はきびすを返すと、すたすたと立ち去ろうとした。
里香は、追いかけて、彼の手をつかむ。
「待って!ねえ、どうしたの!?私、ちゃんと痩せたのに」
彼は振り返って言う。
「だから、そんな骨と皮の化け物みたいな女、ごめんだって言ってるんだよ。お前、鏡見てないのか?」
里香の目は、目の前でひょこひょこと動く、彼の喉仏に釘付けになった。
なんだか、すごく、おいしそう…
「おい、いい加減、離せよ」
彼の言葉が、どこか遠くから聞こえるけど…今は、この美味しそうなものが気になって仕方ない…きっと、すごく、おいしい…
里香は、たまらず、喉仏に食いついた。
いつもの砂の、嫌な感触がしない。里香は、そのまま、噛み千切る。
喉笛を噛み裂かれた男の体は、背中から倒れ、穴が開いた喉からは大量の血が飛び散った。
里香は、口の中のものを夢中で咀嚼すると、真っ赤な噴水を見る。
おいしそう…イチゴジュースかな…
飛びついて、口をつけ、ごくごくと飲む。
乾ききった口や喉に、甘く沁みる。
血の噴出が止まると、里香は、もっと、もっと、と肉を噛み裂き、噛み締め、飲み下していった。
後には、本物の骸骨だけが残った。




