親の顔が見たい
親の顔が見たい
「か~わ~い~い!!」
ペットショップのウィンドウをのぞいた由香が叫ぶ。夫は両手の人差し指を耳の穴に突っ込んで、聞こえないフリをする。
「か~わい~い! ね~ね~、子猫買って、買って~。家で飼おうよ~」
由香は夫の腕をつかみ、ぶんぶんと左右に振る。それでも夫は指を耳の穴から離さない。由香はぷうっとふくれて、そっぽを向いた。
「もう!! 子猫かわいいのに! なんで嫌うかな」
「いや、小さい頃にさ、鍋島の怪って時代劇をテレビで見たんだよ。それがトラウマになってて……」
「あー!! やっぱり聞いてたんじゃない!! 子猫買って、買ってー!!」
再び由香は夫の腕をぶんぶんと振る。根負けして、夫は耳から指を離す。
「あー、もう。わかった。この世で一番可愛い赤ちゃんなら、買ってやる」
「え、この世で一番?」
「そうだ。中途半端な可愛さじゃダメだぞ。世界で一番! だ!」
「わ、わかった……。探してみる」
由香は店に入っていくつもあるガラスケースを端から端まで見て回った。
どの子も可愛い。
子犬も子猫も、頬ずりしたくなるくらい、可愛い。しかし、この世で一番かと言われると「せかいいちだ!」と断言できる根拠は見つからなかった。
悄然として、由香は夫のもとに戻ってきた。
「どう? 世界一は見つかった?」
「ううん、見つからなかった」
由香は素直に認め、二人は帰途についた。
帰りの車の中で、由香は思い出したようにぶーぶー言い出した。
「でもさ、世界一可愛い、なんて飼う前から決められないよ。一緒に生活しだして、初めて可愛く思えるものじゃない?」
「いいや、そんなことないぞ。目が合った瞬間、悩殺されるほど可愛い赤ちゃんがいる」
「えー。それ、何の赤ちゃん?」
「オレと由香の赤ちゃん」
車内にしんとした空気が漂う。由香は夫と目を合わせない。
「よし! じゃあ、由香のリクエストにお答えして、世界一可愛い赤ちゃんを我が家にお迎えしよう!」
「え、それって……?」
「そうと決まれば、さっさと家に帰るぞ!」
「えええええ! まだ昼過ぎだよお!?」
騒ぐ由香をしり目に、夫は勢いよくアクセルを踏み込んだ。




