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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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灰色の海の彼方

灰色の海の彼方

改札を出て深呼吸してみた。吐く息は白く、もこもこと立ち上った。

 故郷は昔のままだった。


 何もない駅前、シャッターが下り切った商店街、道端に打ち捨てられた自転車。

 道の向こう、迫りくるような灰色の海。


 俺はダッフルコートのポケットに両手をつっこむ。

 駅からまっすぐのびた道を海に向かって歩いた。


 海岸と言うほどのものもなかった。コンクリートの護岸で固められた海岸線は粗い岩とテトラポットで埋め尽くされ、生命の痕跡すら見受けられなかった。


 テトラポットの上に立ち、遥かをながめた。


 灰色の海の上にどこまでも灰色の空が広がっていて、世界はすべて灰色だけでできているようだった。

 吐く息だけが白く、灰色をふんわりと切りとっていく。


「ようちゃん」


 呼ばれた気がして振り返った。

そこにはだれもいなかった。俺を「ようちゃん」と呼んだサチはもういないのだと、何度目になるかわからないため息をついた。

息は白く宙に消えた。


 サチは俺の四歳年上の従妹だった。俺たちはしょっちゅう海岸に来ては一緒に遊んだ。俺は釣りをすることが多かったが、サチはなにをするでもなく海を眺めていた。


「ようちゃん、いつか海の向こうへいこう」


 サチがそう言ったのは俺が小学校を卒業した年だった。


「海の向こうって、外国?」


「外国よりももっともっと遠いところに行こう。いっしょに」


 そう言って、サチは俺の唇に触れたのだった。

 サチがもっともっと遠い海の向こうへ消えたのは、それから二年後。生まれた時から病気だったのだと初めて知った。俺は置いて行かれて、サチの唇の暖かさを失った。


「サチ」


 海に向かって呼びかけた。サチ、という言葉は白い塊になって灰色の空に上っていった。空はどこまでも続いて、いつしか海へと溶けていった。


「サチ」


 目に見える白い言葉は、いつか海へと溶けていく。

 サチ。いつかお前のところへ俺の声は届くだろう。

 けれど俺には、俺は。


「サチ……」


 手を伸ばしてみても、白い息をつかむことはできなかった。


 俺はダッフルコートのポケットに両手を突っ込む。

 まっすぐな道を歩いていった。


 俺はサチと同じ年になった。

 サチがいなくなってから、四回目の冬だった。

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