狐の嫁入り
狐の嫁入り
「なんで、雨がふる〜?」
とつぜん降りだした雨に、近くの店の軒先に駆け込んで、真理は空にむかって文句を言う。
「一張羅が〜〜」
かなり強い雨脚に、スーツの下のワイシャツまでびしょ濡れだ。
カバンからハンカチを取り出してはみたが、そればかりの布ではとても拭けない、と諦め、せめてぶるぶると肩を揺らして、水滴を落とす。
ふと、振り返ったウィンドウには、可愛らしいワンピースがかけられていた。
「か、かわいい〜〜〜」
可愛いものに目が無い真理は、ふらふらと店に入る。
「いらっしゃいませ〜。なにか、お探しですか?」
「あ、あの、あそこのワンピース……」
「あ、あれですね〜、今日、入荷したばかりなんですよ〜」
「あの、試着……いいですか?」
「は?」
店員が、ずぶぬれの真理の頭からつま先まで素早く視線を走らせる。
「えっと……やっぱり、だめ……?」
「いえいえいえいえいえ〜。どうぞ〜、今、おろしますから〜」
一瞬で営業スマイルに戻った店員が、ワンピースをウィンドウから下ろして、真理を試着室へ案内する。
「これ、どうぞ〜」
にっこり笑いながら、タオルまで貸してくれる。
「あ、ありがとうございます!」
真理はペコリと頭を下げ、ありがたくタオルを受け取る。
手早く頭と手先を拭き、濡れネズミなスーツを丸めて隅のほうに置く。
フリルたっぷりのワンピースを着て、鏡に向かう。
「わー。かわいいー」
カバンから化粧ポーチを取り出し、ササっと化粧もしてしまう。
ワンピースの雰囲気に合わせ、明るめのシャドウとチークにしてみた。リップはやめて、グロスだけつける。
うん、初夏っぽい。
「お客様〜、いかがですか?」
店員の声に、カーテンを開ける。
「!?!?!?!?」
狐に化かされたような顔をする店員に、真理はにっこりと微笑みかける。
「これ、いただきます」
ワンピースに合わせてハイヒールも買い、着ていたスーツとネクタイは袋に入れてもらった。
店を出ると、雨はすっかりあがっていた。通り雨だったようだ。
「今日は、直帰にしちゃお」
真理は携帯を取り出すと、勤務している保険会社に連絡してから、夜の仕事先であるニューハーフクラブに向かった。