くぬぎの森
くぬぎの森
「誕生日にはくぬぎの森に連れていってやろう。かぶとむしが沢山捕れるぞ」
そう言った父はそのくぬぎの下で首を釣り、死んだ。そばで果てていた母の胸には大きなナイフが刺さっていた。
理由は知らない。ただ僕は置いていかれたのだと知った。
十年たった。今日、14歳になった僕に保護者はもういない。小さな骨壺をかかえ、僕は汽車に乗る。行くのだ、くぬぎの森に。
森にたどり着いたときにはすっかり暗く、月もでない夜に、足元は沈むような闇だった。
けれど僕には道が見えた。すいすいと足を運び、その場所にたどり着く。
闇の中、目には見えないそのくぬぎには、びっしりと甲虫がまとわりついている。樹肌に染み込んだ死蝋にたかっているのだ。
手を伸ばし樹肌にふれようとすると甲虫はザザザと逃げ惑い、カチャカチャと甲が触れあう音がした。
樹肌はねっとりと脂汗を流したような不快な感触を指に伝えてくる。
僕は足元に骨壺を置くと、ポケットから大振りなナイフを取り出す。
首筋に充て少しずつ少しずつ力を込めて引いていく。
珠のように盛り上がる血に甲虫が群がり来る。肌に昆虫の足や触角や羽が触れ、微かな不快な痛みを与える。
ナイフは今や首を半周し、血は勢いよくくぬぎに飛び散る。
足から力が抜け、樹にもたれるように倒れこむ。
体に流れた血にも甲虫は群がり僕の全身は真っ黒に染まった。
それが僕の14歳の誕生日の思い出。
僕の人生のすべて。
最期に目にしたのは、どこまでも、どこまでも白い、僕のための骨壺だった。
 




