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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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抱負

抱負

 よりによって神棚の掃除を忘れていた。

 孝之は脚立をオフィスの隣の倉庫から引っ張りだし天井近くにある神棚をのぞいた。


「うわあ……」


 埃だらけで蜘蛛の巣までかかっている。


「これは、神様ご立腹だろうな……」


『まさにな』


「え?」


 ふいに聞こえた言葉にふりかえるが、自分ひとりしかいないはずのオフィス。人影はもちろんない。幽霊のたぐいの姿も見えない。


「空耳か……」


 ほっと胸をなでおろしたが、


『空耳ではない。こちらじゃ』


 今度はしっかりと聞こえた。声を追い、神棚を見やる。

 そこに、一匹のねずみがいた。


「ね、ねずみ!!」


 驚いて脚立を踏み外し床に尻餅をつく。


『おいおい、気をつけよ』


 声が頭上から降ってくる。ねずみが孝之のそばまで下りてきた。垂直の壁を伝って。

 孝之の足元で立ち止まったねずみは前足で孝之のサンダルをつっついた。


『こんな面妖な草履をはくから足元不如意になるのだ。わらじをはけ、わらじを』


 孝之はぐるりと室内を見渡す。生き物の姿は孝之とねずみしかない。


「……幻聴か?」


『現実から目をそらしても良いことはないぞ。自分の耳目を信じねばな』


 そう言うとねずみはまた孝之の靴をたたいた。

 孝之はねずみから逃げるように後じさるとあぐらをかいた。ねずみは前足(腕?)を組んでいる。孝之は頭をかかえ深いため息をついた。


『やっと目が覚めたか?』


「悪夢のなかにいるのでなければ」


『しっかり起きているように見えるがな』


 孝之は頬杖をつき、ねずみをしげしげと眺める。薄い灰色で足先はベージュ。尻尾は真っ黒。


「……夢の国から逃げてきたのか?」


『何を言う。神の国から御使いにきたのだぞ』


「御使いねえ……」


『お前の日ごろの怠惰に御神様がご立腹だ』


「怠惰ときますか」


 ねずみは組んでいた前足(腕?)を解きちょろちょろと孝之に近づく。


『月のお祀りもさぼり、あまつさえ年始の準備もせぬとは何事か!!』


「神棚の掃除は今からしようと思っていたところだよ」


『うそをつけ。蜘蛛の巣を見たとたんに「来年にしよう」と思ったくせに』


「……心が読めるのか」


『あたりきしゃりきじゃ。御使いだぞ。甘く見るな』


「なあ、神様がいるなら、御利益ないのか? この会社、つぶれる寸前なんだが」


 ねずみは激昂して尻尾をぶんぶん振る。


『バカを言うな!! バチがあたらないだけでも感謝せぬか!!』


「あー。はいはい。すみませんね」


『誠意がない!』


「で? 結局、神様の御用はなんなんだ?」


『うむ。来年の金運を伝えに来たのだ』


 孝之はそそくさと正座した。


「なになに、大吉!?」


『まさか。大凶だ』


「そんな! なあなんとか神様にとりなして、中吉くらいにしてもらってよ」


『アホか。御神様が決められたこと。覆るわけもない』


「チーズ一年分でどうだ!?」


 ねずみはちらりと孝之の方へ足を伸ばしかけたが。プルプルと首をふり踏みとどまった。


『御使いをたぶらかそうとは、このたわけが』


「一瞬、ぐらっときたくせに」


『やかましわい!! それより御託宣じゃ! 心して聞け』


「はいはい」


『お前の日ごろの行いを糺すまでこれより先ずっと金運は大凶である』


「おい、ちょっと待てよ、俺はそこまで悪くないだろ」


 ねずみはじとっとした半眼で孝之を眺める。


『浮気、横領、無益な殺生、暴飲暴食』


「おいおいおい、暴飲暴食はまだしも、何だよあとのは! 俺は結婚してないし彼女もいない! 会社は俺のだし、生き物には優しいぞ!!」


『そんな世俗のかかわりなど小さきこと。言うてるのは御神様のことだ』


「何だよ、御神様のことって」


『お前は大黒さまをお祀りしておきながら金万神社に詣り、』


「だって金運ったら金万神社だろ」


『神社のお賽銭をくすね、』


「フードに勝手に入ってきたんだから仕方ないだろ!!」


『ごきかぶり殿を打ち据えた』


「……なんだよ、ごきかぶりって」


『お前らはゴキブリと呼ぶ』


「退治するよ!! 誰でもゴキブリは退治する!」


『わしの旧友だった』


 孝之はザっと音をたててねずみから距離をとった。


『なぜ逃げる』


「いや、なんでもないんだ。なんでもないって言ってるだろ、近づくな!!」


『つくづくお前は失礼なヤツだな。もういい。金運を良くする方法などいらんのだな』


「いや、いる!! 教えてください!」


 ねずみは孝之をうろんげに見て、なにかを諦めたように首をふった。


『しかたないな。御神様の御計らいだ。伝えよう』


「お願いします!」


『毎日、腹筋1,000回』


「……は?」


『毎日、腹筋1,000回せよ。さすれば365日後には金運を良くしてしんぜようとのお達しだ』


「……はあ!? 腹筋!? しかも金運良くなるの、再来年かよ!!」


『そうだ』


「やってられるか、そんなこと!!」


『やらねば一生大凶だ』


「……嘘だよな」


『御使いは正しき言葉しか発さない』


「できるわけないだろ!」


『できるかどうかではない。やるかやらぬかだ。お前の金運をかけてな』


「……わかったよ! やるよ、やればいいんだろ!! 腹筋1,000回、やるよ!!」


『おお。やるか。どれ見届けてやろう』


「いや、お前はもう帰れ」


『なんとな?』


「腹筋は来年からだ」


 ねずみは頭をかかえて深いため息をついた。

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