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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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干上がった国

干上がった国

と、その時、ポツリ、と地面に黒いシミが落ちた。

誰からとなく、皆、空を仰ぐ。


数十年、渇ききったままだった空が、みるみる黒く染まる。


ポツリ、ポツリ。

一粒、一粒、落ちてきた水滴はすぐに水の束になり、人々の上に降りそそいだ。


「雨だ!」


「雨が降ったぞ!これで助かる!」


空に向かい喜びを撒き散らす人々の足元、一人の老婆が、小さな娘の亡きがらを抱きしめていた。



この国には、雨が降らない。

神話には「始まりの神は空から雨に乗り、地上に降りた」と書いてあるが、神話を研究する学者でさえ「空から落ちる水」などと言うものは、お伽話だと思っていた。


水は地面から湧き出すもの。

それがこの国の常識だった。


外の国から、その旅人が訪れるまでは。


旅人は決死の冒険を経て、広大な砂漠と魔の山を超え、この国にたどり着いたときにはすでに死にかけていた。

始まりの神の神殿に運ばれ、治療を施したが、日に日に死に近づくことを止められなかった。


神殿の医師たちは、死出の願いはないか、たずねた。

旅人は「もう一度、故郷の雨が見たい」と言い残し、亡くなった。


この言葉が、国の常識を覆した。


すぐに、研究者が集められ、気候、土壌、水の分布、様々な学問の見直しが始まった。

研究の結果、なぜ国に雨が降らないかはわからなかったが、恐ろしい事実が判明した。


国の地下に眠る水は、あと数十年で涸れるというのだ。


研究者たちは、必死で、水を増やす方法を探した。

同時に、雨を降らせる方法も。

しかし、徒労に終わった。

この国は渇いて死んでいく、と誰もが思ったそのとき、一人の占い師が言った。


古来、雨を呼ぶには雨乞いの儀式をしたのだ、と。


その儀式とは、始まりの神に、生贄をささげ、伏して祈るというもの。

最初は誰もが、一笑に付した。

人の命で雨が振るものか、と。

しかし、とうとう水が尽き、瓶にたくわえた水が残り少なくなると、誰からとなく、叫んだ。


「生贄を捧げろ!雨を降らすのだ!」


占い師は、一人の娘を指差した。


「この娘は始まりの神に愛された娘。この娘を捧げれば、神は雨を降らせてくれる」


娘は、たしかに、始まりの神の神殿で、毎日欠かさず祈りを捧げてきた。

しかし、神の声も聞こえなければ姿も見えない。愛されているとどうして言えよう。

娘のたった一人の肉親である祖母が、身代わりになると申し出た。しかし、占い師は首を横に振るばかり。

娘は毎日、神に祈った。

この運命に裁きを!!


神に祈ることにすべてを捧げた娘は、日に日にやせ衰えていった。


そして、生贄の日は、やって来た。

娘は急ごしらえの祭壇に担ぎ上げられ、胸を鋭利な刃物で刺された。

娘のなきがらはゴロンゴロンと祭壇から転がり落ち、近くにいた祖母が駆け寄り、抱きしめた。


と、その時、ポツリ、と地面に黒いシミが落ちた。

誰からとなく、皆、空を仰ぐ。


数十年、渇ききったままだった空が、みるみる黒く染まる。


ポツリ、ポツリ。

一粒、一粒、落ちてきた水滴はすぐに水の束になり、人々の上に降りそそいだ。


「雨だ!」


「雨が降ったぞ!これで助かる!」

誰もが雨を喜んだ。

ただ一人、老婆だけが、娘の死骸を胸に抱き、始まりの神に祈っていた。

「こんな国、ほろびてしまえばいい」


始まりの神は裁きの神。

雨は徐々に勢いを増し、あっという間に豪雨になった。

人々が恐れおののいて逃げ惑ううち、雨はごうごうと落ちる滝に変わり。

そして、すべては、流れ去った。


まるで、始まりの神の神話のように

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