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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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そんな君が

そんな君が

「昔、菊川怜大好きだったなぁ」




テレビを見てる夫がぽつりと言う。


菊川怜が出演してるのかと画面を見たが、見当たらない。




「なあに、突然?」




由香が聞くと、画面を見つめたまま答える。




「いや、この女優、ちょっと菊川怜に似てないか?」




「いやぁ、わかんない」




夫は、由香の答えが聞こえたのか聞こえないのか、一心に画面を見つめる。




由香は放っておいて、アイロンかけに戻る。




洗濯物を仕舞い終え、植木鉢の様子を見て、さて夕飯の買い物に行こうかな、とリビングを覗くと、ちょうど夫がドラマを見終えてテレビを消したところだった。




はぁ…。とため息をついている。




「ねぇ、お夕飯、何がいい?」




由香が聞いても、夫は上の空だ。


ああ、またか。


由香は、夫を放っておいて、買い物に出た。


買物袋を抱えて帰宅しても、夫はまだ、ぼおっとしていた。




由香は袋からテレビ情報誌を取り出すと、夫の目の前に差し出した。


表紙でにっこりしているのは、夫が必死に見つめていた女優だ。ぱっと手を伸ばし、受け取る。


そのまま一生懸命、雑誌を読んでいる。




由香が夕飯を作り終え




「ごはんよー」




と呼ぶと、夫はふらふらと食卓へやって来て




「由香、オレ、恋をした…」


とうわごとをつぶやく。




「はい、はい。とりあえず、ごはん食べちゃって」




由香はさっさと夫に食事をさせると、さっさと片付けた。


そのままぼおっと座りつづける夫に




「10時から、さっきの女優さん、料理番組出るよ」




と由香が言うと、夫はリビングへ走って行く。


由香が片付けを終え、風呂に入ろうとしていると、夫がふらふらとやって来た。




「あら?どしたの?まだ番組、途中でしょ?」




夫は、ひし、と由香に抱き着くと




「オレには、由香だけだ!」




と叫ぶ。




「えー。もう失恋したの?今度はどうしたの?」




「あの女優、料理するのに、マニキュアしてたんだ!」




由香は思わず吹き出す。




「仕方ないじゃない、テレビなんだから」




夫はそれでも、由香に抱き着いたまま落ち込んでいる。




「もう。しょうがないなあ。一緒にお風呂入る?」




ぱっと顔を上げ、夫が嬉しそうに




「入る」




という。


由香は、こっそり心の中で(ほんと、簡単な人)と夫を微笑ましく思っている。


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