そんな君が
そんな君が
「昔、菊川怜大好きだったなぁ」
テレビを見てる夫がぽつりと言う。
菊川怜が出演してるのかと画面を見たが、見当たらない。
「なあに、突然?」
由香が聞くと、画面を見つめたまま答える。
「いや、この女優、ちょっと菊川怜に似てないか?」
「いやぁ、わかんない」
夫は、由香の答えが聞こえたのか聞こえないのか、一心に画面を見つめる。
由香は放っておいて、アイロンかけに戻る。
洗濯物を仕舞い終え、植木鉢の様子を見て、さて夕飯の買い物に行こうかな、とリビングを覗くと、ちょうど夫がドラマを見終えてテレビを消したところだった。
はぁ…。とため息をついている。
「ねぇ、お夕飯、何がいい?」
由香が聞いても、夫は上の空だ。
ああ、またか。
由香は、夫を放っておいて、買い物に出た。
買物袋を抱えて帰宅しても、夫はまだ、ぼおっとしていた。
由香は袋からテレビ情報誌を取り出すと、夫の目の前に差し出した。
表紙でにっこりしているのは、夫が必死に見つめていた女優だ。ぱっと手を伸ばし、受け取る。
そのまま一生懸命、雑誌を読んでいる。
由香が夕飯を作り終え
「ごはんよー」
と呼ぶと、夫はふらふらと食卓へやって来て
「由香、オレ、恋をした…」
とうわごとをつぶやく。
「はい、はい。とりあえず、ごはん食べちゃって」
由香はさっさと夫に食事をさせると、さっさと片付けた。
そのままぼおっと座りつづける夫に
「10時から、さっきの女優さん、料理番組出るよ」
と由香が言うと、夫はリビングへ走って行く。
由香が片付けを終え、風呂に入ろうとしていると、夫がふらふらとやって来た。
「あら?どしたの?まだ番組、途中でしょ?」
夫は、ひし、と由香に抱き着くと
「オレには、由香だけだ!」
と叫ぶ。
「えー。もう失恋したの?今度はどうしたの?」
「あの女優、料理するのに、マニキュアしてたんだ!」
由香は思わず吹き出す。
「仕方ないじゃない、テレビなんだから」
夫はそれでも、由香に抱き着いたまま落ち込んでいる。
「もう。しょうがないなあ。一緒にお風呂入る?」
ぱっと顔を上げ、夫が嬉しそうに
「入る」
という。
由香は、こっそり心の中で(ほんと、簡単な人)と夫を微笑ましく思っている。




