首筋から変化がおとずれ
首筋から変化がおとずれ
繰り返す日々に、閉塞感を感じてはいた。
積み重なる書類、連日の残業。首も肩も、もう痛いのかどうかすらわからないくらいに凝っている。
しかし、泣き言を言っても仕事が勝手に片付いてくれるわけではない。
香織は、今日も終電で帰ってきた。
駅から家まで歩くと30分はかかるが、すでにバスは無い。
タクシーも、毎日毎日、乗るわけにはいかない。
足を引きずるようにダラダラと歩く。
廃工場裏の街灯もない一本道。今日は月も無く、ほんとうに真っ暗だった。
ふと、足をとめる。
前方の闇の中、ひときわ暗く、ひときわ黒く、闇がこごったように見える。
いぶかしみ、眺めていると、その闇のかたまりが、香織に歩み寄ってきた。
人だ。
頭からつま先まで、真っ黒い服を着ている。
肌だけが抜けるほど白い。
その人が、目を開いた。
真っ赤な炎。
闇の中で、その瞳は、危険信号のように光った。香織の本能がニゲロと叫ぶ。
ここにいてはいけない、頭はそう言っているのに、体が動かない。
真っ赤な瞳に射すくめられ、捕らえられてしまったように。
今はすでに、その人の顔が間近にある。
美しい。
この世にこれほど美しいものが、ほかにあるだろうか?
その人は微笑むと、香織の首筋に、ゆっくりと
くちづけするように、顔を寄せ、口をひらき……
「くさっ!!!!!」
一言、叫ぶと、身をひるがえし、闇の向こうへ消え去った。
闇の瞳から開放された香織は、自らの首筋をなで、ニオイをかいでみる。
肩凝り薬の強烈な臭気。
「……無香性のやつに、代えよう……」
香織はとぼとぼと、家路を歩いた。