その中身
その中身
その自動販売機は変わっていた。
自販機に並ぶ、ヘンなラインナップを買い求めることを趣味とする由香でさえ、一瞬、目を疑うほどに。
商品が陳列されたケースの中に、缶は一本もなかった。…と思う。たぶん、ないだろう。
由香がじっくりとケースを眺めても、中身の予想は全くつかなかった。
そこに並べられていたのは、直方体や球体、円錐形などのもの。缶やペットボトルの筒型のフォルムは見当たらない。
それらを真っ黒の紙で覆い隠し「?」とだけ書いてある。
金額は百円。ボタンは一つだけ。
「なるほど、君は、巨大なガチャガチャなわけだね」
自販機に話しかけてから、由香は百円玉を投入して、ボタンを押した。
かこん。と軽い音と共に受け取り口に落ちてきたのは、高さ15cmほどの透明なピラミッド。そのまん中に丸いものが浮いているが、継ぎ目が無いので開ける事が出来ない。
ピラミッドだけが、容器も無しで出てきたので、商品説明のようなものも無い。
これは、いったい、なんだろう?
と、言う一連の出来事を、帰宅したばかりの夫に矢継ぎ早に話して聞かせた。
夫は
「オブジェなんじゃないの? それより、腹減った」
と簡潔に答え、ピラミッドは日常の喧騒と一緒に、日当たりの良い窓際に陳列された。
由香が、このピラミッドのことを思い出したのは、それから一ヶ月ほど経ってから。
季節の飾り物を片付けるついでに、ピラミッドも仕舞ってしまおうと手を伸ばしたのだが、異変に気付き、手を引っ込めた。
顔を近づけてよく見ると、ピラミッドの真ん中の球体にヒビが入り、うっすら中身が透けて見える。
球体自体は白いのだが、中身は薄い黄色のようだ。
これは、いったい、なんだろう?
と、言う一連の出来事を、帰宅したばかりの夫に矢継ぎ早に話して聞かせた。
夫は
「熱膨張で割れたんじゃない? それより風呂、沸いてる?」
と簡潔に答え、ピラミッドは新しい季節の飾り物と同席することになった。
一週間後、飾り物のホコリを払っていた由香は「しまった!」と小さく叫んだ。
視線の先には、あのピラミッド。
真ん中に浮いていた球体は割れてしまって、ピラミッドの底辺に、白くて薄い膜のようなものがぺチョっと落ちている。
中に入っていたであろうモノの姿は見られない。
ピラミッドはどこも欠けたり、ましてや開閉した様子は無い。
球体はナニカの種か卵で、それが開く一瞬を、うっかり見逃してしまった、と由香は思った。
「そうだ、もう一個、買ってこよう」
財布だけ持って、由香は出かけたが、あの自販機があった場所には、何もなかった。
自販機が立っていたらしい形跡すらなかった。
そういえば、近くに電柱も無いから、どうやって、あの自販機に電気を通していたのか、はたして電線が延びていたのかも判然としない。
由香は狐に化かされたような気持ちで家へ帰った。
と、言う一連の出来事を、帰宅したばかりの夫に矢継ぎ早に話して聞かせた。
夫は、ちょっと考えると、首をひねりながら言った。
「そうか。それは、きっと、悪魔がひそんでいたんだろうね。見ていたら、きっと、呪われたと思うよ」
なぜか確信ありげに断言する夫に、由香はたずねた。
「こういう場合、中から出てくるものは、幸福をもたらすものじゃないの?」
「どっちにしろ、見る必要はないね」
「どうして?」
「今この瞬間が幸せだから、これ以上、幸せになりようがないからね」
それだけ言うと、夫は着がえに部屋に入っていく。
「それって、私と一緒だから、幸せだって言うこと?」
夫の背中にたずねた由香の言葉に、夫からの返事はなかったが、部屋に入る寸前、夫が耳まで真っ赤になっていることを、由香は見逃さなかった。
由香は満足げにニッコリして、ピラミッドはゴミ箱に捨ててしまった。