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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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その中身

その中身

その自動販売機は変わっていた。


自販機に並ぶ、ヘンなラインナップを買い求めることを趣味とする由香でさえ、一瞬、目を疑うほどに。



商品が陳列されたケースの中に、缶は一本もなかった。…と思う。たぶん、ないだろう。


由香がじっくりとケースを眺めても、中身の予想は全くつかなかった。



そこに並べられていたのは、直方体や球体、円錐形などのもの。缶やペットボトルの筒型のフォルムは見当たらない。


それらを真っ黒の紙で覆い隠し「?」とだけ書いてある。



金額は百円。ボタンは一つだけ。



「なるほど、君は、巨大なガチャガチャなわけだね」



自販機に話しかけてから、由香は百円玉を投入して、ボタンを押した。



かこん。と軽い音と共に受け取り口に落ちてきたのは、高さ15cmほどの透明なピラミッド。そのまん中に丸いものが浮いているが、継ぎ目が無いので開ける事が出来ない。


ピラミッドだけが、容器も無しで出てきたので、商品説明のようなものも無い。


これは、いったい、なんだろう?




と、言う一連の出来事を、帰宅したばかりの夫に矢継ぎ早に話して聞かせた。


夫は



「オブジェなんじゃないの? それより、腹減った」



と簡潔に答え、ピラミッドは日常の喧騒と一緒に、日当たりの良い窓際に陳列された。





由香が、このピラミッドのことを思い出したのは、それから一ヶ月ほど経ってから。


季節の飾り物を片付けるついでに、ピラミッドも仕舞ってしまおうと手を伸ばしたのだが、異変に気付き、手を引っ込めた。

顔を近づけてよく見ると、ピラミッドの真ん中の球体にヒビが入り、うっすら中身が透けて見える。


球体自体は白いのだが、中身は薄い黄色のようだ。


これは、いったい、なんだろう?



と、言う一連の出来事を、帰宅したばかりの夫に矢継ぎ早に話して聞かせた。


夫は


「熱膨張で割れたんじゃない? それより風呂、沸いてる?」



と簡潔に答え、ピラミッドは新しい季節の飾り物と同席することになった。




一週間後、飾り物のホコリを払っていた由香は「しまった!」と小さく叫んだ。


視線の先には、あのピラミッド。


真ん中に浮いていた球体は割れてしまって、ピラミッドの底辺に、白くて薄い膜のようなものがぺチョっと落ちている。


中に入っていたであろうモノの姿は見られない。


ピラミッドはどこも欠けたり、ましてや開閉した様子は無い。


球体はナニカの種か卵で、それが開く一瞬を、うっかり見逃してしまった、と由香は思った。




「そうだ、もう一個、買ってこよう」



財布だけ持って、由香は出かけたが、あの自販機があった場所には、何もなかった。


自販機が立っていたらしい形跡すらなかった。


そういえば、近くに電柱も無いから、どうやって、あの自販機に電気を通していたのか、はたして電線が延びていたのかも判然としない。


由香は狐に化かされたような気持ちで家へ帰った。



と、言う一連の出来事を、帰宅したばかりの夫に矢継ぎ早に話して聞かせた。


夫は、ちょっと考えると、首をひねりながら言った。



「そうか。それは、きっと、悪魔がひそんでいたんだろうね。見ていたら、きっと、呪われたと思うよ」



なぜか確信ありげに断言する夫に、由香はたずねた。



「こういう場合、中から出てくるものは、幸福をもたらすものじゃないの?」



「どっちにしろ、見る必要はないね」



「どうして?」



「今この瞬間が幸せだから、これ以上、幸せになりようがないからね」



それだけ言うと、夫は着がえに部屋に入っていく。



「それって、私と一緒だから、幸せだって言うこと?」



夫の背中にたずねた由香の言葉に、夫からの返事はなかったが、部屋に入る寸前、夫が耳まで真っ赤になっていることを、由香は見逃さなかった。

由香は満足げにニッコリして、ピラミッドはゴミ箱に捨ててしまった。

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