竜と姫君 3
竜と姫君 3
「起床!」
するどい声で柔らかな夢の懐から、たたき起こされる。
「3分以内に整列!」
アデライールが号令をかけるが、すでに、この隊内で身支度が終わっていないのはヒース一人だけだ。
兵士長のウォルターは、いったい、いつ睡眠を取っているのかと思うほど、誰よりも遅くまで起きていて、誰よりも早く目覚める。カインは規則どおり、兵站整備が終われば休み、夜明け前に起きているらしい。一人、女性のアデライールはいつも離れて野営するため、起居不明だ。
「んも~~~ぉ。姫様の姿なんか影も形もないんだからさあ。きっと追い抜いたんだって。大人しく宿で寝て待とうぜ」
ヒースがぶつくさ文句を言うが、アデライールは完璧に無視して立ち去る。
「おい、ヒース、いい加減あきらめろ。兵士長殿の采配に逆らえるわけないだろう?」
カインが営巣をまとめる手を止め、ヒースをたしなめるが、ヒースは相変わらずダラダラと毛布にくるまったまま、惰眠を貪ろうとする。
ガツン!という硬質の音を立て、ヒースの尻に木の実がぶつかる。声にならない声をあげ、尻を押さえたヒースがのた打ち回る。
「おはよう、諸君。リコッタの実だ。一人一つ。食べ終えたら出立する」
ウォルター兵士長がカインとアデライールに木の実を手渡す。2キロはあろうかという硬いカラに包まれた果実である。ヒースは未だ悶絶している。
リコッタは樹長3mを超える大木にしか実がつかない。果実を取ろうと思えば木登りするしかない。
早朝から兵食のため3mの木登りをした兵士長にカインとアデライールは恐縮しきりだが、一人、ヒースだけが不満を叫び倒す。
「ひどいっす、兵士長殿! 自分のケツが3つに割れたらお婿に行けなくなるであります!」
「安心しろ。尻の一つくらい、俺が切り取ってやる。なんなら、今、切っておくか?」
「めめめ、めっそうもありません! 兵士長殿のお手を煩わせるつもりはありません!」
「御託はいいから早くしろ」
「はっ!!」
ヒースは脱兎の勢いで身支度を整える。1分かかるかかからないかという早業に、カインがあっけに取られて言う。
「やればできるんじゃないか」
「できることなら、俺は昼まで寝ていたかったよ」
朝食は隊員そろって取る。と、言っても、ウォルター兵士長、アデライール、カイン、ヒース、4人だけのこじんまりとしたものだが。粗末な食事を終え、リコッタのカラを地面に埋めていると、兵士長が新しい作戦を発表した。
「街道上には姫様の痕跡は認められない。これよりは旧街道を探索する」
「きゅっ! きゅ~かいど~!?」
ヒースが素っ頓狂な声をあげる。カインが止めようと伸ばした手をかいくぐり、ヒースは兵士長に食って掛かる。
「じょ、じょうだんですよねえ!? 旧街道ったら、山賊は住み着くわ、魔物は出るわ、熊は出るわ、蜂は出るわ、幽霊は出るわ、それから、えーと……」
アデライールが剣呑な目つきでにらんでいるため、ヒースの口を閉じさせようと、カインはヒースの背中をドツクがヒースは意に介さない様子だ。
「そうだ、呪われた首なし騎士が出るって言うじゃないですか!」
「そうだ。そんな物騒なところを歩いておられるなら、なんとしても姫様を保護する必要がある。一刻も早く。わかったら、馬をひけ。出立する」
兵士長は言い終えると、さっさと自分の馬のもとへ歩いて行く。アデライールもつづく。カインは一先ずヒースの命が救われたことに胸をなでおろしたが、ヒースはそんなカインの心配など知らぬ顔で
「うそだ! なんでだ! 俺がなにをした!」
などと叫び続けている。
(なにをしたって。お前はこの隊に志願したんだよ……)
心の中でツッコミつつ、カインも出立の準備に向かった。




