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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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PANKS!!! 4

PANKS!!! 4

「うぁぁぁ…どうしよう…」



頭を抱えて机につっぷす。


ほとんど座ることの無い机には、うっすらとホコリが積もっている。




圭太は、高校入学からの約一ヶ月、家で教科書を広げたことが無い。


それどころか、一度も宿題すらしたことがない。毎回、クラスの秀才君にノートを写させてもらっている。





別に、遊びほうけていたわけではない。


野球部に専念していただけだ。





早朝練習、昼休みの自主トレ、放課後の練習、休日も早朝から暗くなるまで練習と練習試合。


どこに、勉強する時間があるというのだろう?


それなのに、監督が今日いきなり





「テストで赤点とったやつは部活停止になるから、気をつけろよ」





なんて言うのだ。圭太は口から心臓が飛び出そうになるほど驚いた。


自慢ではないが、中学校時代、赤点でなかったテストは数えるほどしかない。


この高校だって、野球推薦で入学したくらいだ。


それなのに、夏の選抜に向けて本格的になる高校野球の本番に、参加できなくなるなんて!!





圭太が、正直に、監督に事情を話すと、監督はしばらく沈黙した後。





「よし、圭太お前、今週はまっすぐ帰って勉強しろ」





「ええ!?そんな!無理っす!」





「無理でもなんでも勉強して赤点回避しなきゃ、お前の夏は終わるぞ」





まだやっと春が来たばかりだというのに、終わる夏…。想像した圭太の心中はブリザード吹き荒れる極寒だった。





まっすぐ帰って机に向かうところまではOKだ。ばっちこーい。


だが、教科書を広げてみても、何が書いてあるか、さっぱりわからない。


数学や生物は、まだなんとなく、親しみを覚える。しかし、文系が全滅だった。


英語はthis とtheならわかった。現国はひらがななら読める。ただ、古文はおまじないが書いてあるようにしか見えない。





ふと上げた視線の先、窓の向こう、お隣さんの窓が見える。


幼馴染のヒカリが机に向かっているのが。





圭太は、ガバ!!っと立ち上がると、窓を開け、向かいの窓に消しゴムを投げた。


ナイスピッチ!


消しゴムはコツンと可愛らしい音を立てると落ちていった。


ヒカリが振り向き、窓を開ける。





「どしたの、圭太、携帯かけてこないの、めずらしいね」





「ヒカリ、お前、英語トクイだよな!?」





「へ?うん、まあ、歌詞がわかる程度には」





「ちょっっっっと教えて欲しいんだけどさ、これ、全然わかんなくて」





圭太が窓から突き出す教科書を見て、ヒカリは笑う。





「ちょっと待って。そっち行くから」








玄関を通って部屋に来てくれたヒカリに、圭太は深々と頭を下げる。





「よろしくおねがいしまっす!」





「うわ。体育会系。はいはい。んで、なに?テスト勉強?範囲どこ?」





「最初から18ページまで」





「なるほどなるほど。ちょっと待ってね、読むから」





ヒカリが教科書に目を通し終わるまでの五分間、圭太は正座して待った。





「ふんふん。で、わかんないのはドコ?」





「全部」





「は?」


「最初から18ページまで、全然わからん」


ヒカリは右手で頭を抱えた。スキンヘッドの頭はさわり心地がよさそうだ。



「…そうよね、アンタ、中学ん時も授業中寝てたモンね。赤点大王だったしね…。もう!しょうがないなあ。とりあえず、19ページにクエスチョンとやらが載ってる、これだけやっつけましょ。18ページまでの重要な文法とかセンテンスを覚えてるか質問してくれてるわけ。だから、これは絶対に、テストに出る問題だから」



「ぉお。そうなのか。やってみる。……………なあ、ヒカリ」


「なに?」



「問題の意味がわからん」


ヒカリは両手で頭を抱えた。



結局、ヒカリは英和辞典と和英辞典と国語辞典を机の上に並べ、辞書の使い方から教えてやった。


なんとかかんとか、18ページまで読み終えた頃には、とっぷりと日が暮れていた。


ぐったりと疲れきったヒカリが聞く。



「アンタさあ、そんな英語力で、入学直後の実力テストはどうだったわけ?」



「たしか…5点だった」


「たしかって。解答用紙はどうしたのよ?」



「え、教室のゴミ箱に捨てたけど?」



「バッカねえ!それを取っておかなきゃダメじゃない!英語の先生の出題のクセとか、自分がわかってないところを復習するとか、帰ってきたテスト用紙は活用しなきゃ!」


「えええ!?テストなんて、終わったら終わりだろ?」



「だから、赤点なんかとるの!いい?テストの点は頭の良し悪しで決まるんじゃないの!作戦を立てたものが勝つの!」



「お、おお」



「ほら、次!古典いくよ!教科書出して。で、これはどれくらいわかるの!?」



「題名は読める。ふるいまわかしゅう」



ヒカリは深くふかーいため息をついた。



「わかった。じゃあ、これだけは覚えといて。これは、和歌がいっぱい載ってるの。つまり、歌なの!歌詞なの!心の叫びなの!時代が違っても、人間の心なんて、そうそう変わらないの。ちょっと言葉遣いが変わっただけ。大丈夫、心が通じればわかるから!はい、やるよ、古語辞典出して!」



パンクロックを愛する熱い女の熱血指導は連日、深夜まで続いた。


ヒカリが立ててくれた作戦は大成功。圭太は一枚も赤点を取らなかった。


無事、野球部の練習に合流して、圭太の脳はやっとフル回転し始めた。


テストの点数を取る作戦は練れなくても、野球の試合の作戦ならいくらでも思いつくのだ。



「しまってこー!!」



圭太の元気な声がグラウンドに響いた。


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