あたたか〜い、ひんやり
あたたか〜い、ひんやり
由香は自販機をつらつら眺めるのが好きだ。
眺めるだけで、めったに買いはしないのだけど、季節ごとに入れ替わる色とりどりのジュースを見るだけで、世の中の流れを捕らえた気になれる。
とくに、名も知らぬ飲料会社の自販機は大手飲料会社より、多彩なラインナップで面白い。
クレープ缶やパスタ缶を発見したときは、思わず買いそうになった。
ありがたいことに、いつ見ても売り切れ中だったので、ムダな散財とムダなカロリー摂取を抑えられた。
しかし、今日は、品物があった。
しかも、大特価50円だった。
商品名は「ひやしあめ」。
いったい、これは何だろう?
気になって、コインを入れボタンを押す。
出てきた缶は熱かった。
「ひやし」とあるから、てっきり冷たいと思っていた由香は、びっくりして缶を落としそうになった。
ボタンの表示を見ると「温か〜い」になっていた。
「????」
あまりに謎な「ひやしあめ」が気になり過ぎて、もう一本買ってしまった。
帰宅した夫に子細を話して聞かせる。
「へぇ! ひやしあめ! 懐かしいなあ」
「知ってるの?」
「もちろん!昔は駄菓子屋で普通に売られてたよ」
一回り年上の夫の昔語りを聞いていると、由香は日本昔話のようだ、といつも思う。夫にはヒミツだが。
「結局、これは、冷た〜い、温か〜い、どっちがホントなの?」
「どっちもアリだよ。冷やせば、ひやしあめ。温めれば、あめゆ。って言うけどね」
「へぇ。じゃ、コレはひやしあめだから、冷やしてみるね」
夫のススメで風呂上がりに、ひやしあめを飲んだ。
とろりと甘く 、独特の刺激と香りがある。
「なんだろう、この香り……知ってるんだけど、思い出せない」
「ショウガとニッケだよ」
「にっけ?」
「肉桂。えーと、なんていったっけ……。そうそう、シナモン! シナモンだよ」
「あ〜。そうだ! しなもん。ふ〜ん、昔の人は、シナモンのことニッケっていうんだ」
「そうそう。って、誰が昔の人やねん!」
夫がエセ関西弁で漫才師のように突っ込みを入れる。いつも通りの夫婦のやりとり。冷た〜いひやしあめを飲みながら、でも、心はなんだか「温か〜い」ボタンを押したようだった。




