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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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純喫茶「昭和」

純喫茶「昭和」


「なっつみー、おまたせー!!」


カランカラン…と乾いた愛らしいベルの音と共に、依子がやってきた。

二人の待ち合わせ場所は、いつも、ここ。

「純喫茶 昭和」

その名の通り、昭和をそのまま持ち越して、次の元号まで突き進みそうな元気のいいおばちゃん、というか、おばあちゃんが一人で切り盛りしている。


元気良く、ボスン!とバネがきしきし軋むソファに座った依子の目は、なつみの手元にあるグラスにそそがれている。


「あ、今日はクリームソーダじゃないんだ?なに、それ?」


「ん。コーラ」


「…え?なんて?」


「いや、だから。コーラ」


「…えーと、コーラ、って聞こえるんだけど、それって、もしかして私が遅刻したのを怒ってる、こらー。ってこと?」


「なんだよ、それ。コーラだよ、コーラ。普通の。コカコーラ」


「え、だって、それ、レモン浮いてるよ?」


「浮いてるねえ」


「アイスティーの間違いじゃなくて?」


「うん。確かにコーラの味。ただし、ほんのりレモンの香り」


「えーーー!!なにそれなにそれ!新しい〜!!すごくない?」


「いや、たぶん、新しいんじゃなくて、古いんじゃね?ここ、昭和だし」


「あ、そっか。じゃあ、じゃあ。昭和の喫茶店は、コーラ頼んだら、レモンが必ずついてきたわけ?」


「さあ、もしかしたら、そうかもね」


「へー。どうどう?飲んだ感想は?」


「んー。テキーラが欲しい」


「ああ。メキシコーラのテキーラ抜きなんだ。なるほどお。さーて、今日は何たのもっかなー?」


「アタシのおススメはミックスサンドだな」


「そなの? すみませーん、ママさん、ミックスサンドとコーヒー下さい」


平成生まれの二人にとって、この店は昭和を体験できるテーマパークのようなもので、生まれて始めてクリームソーダを飲んだとき、なつみは「アタシ、もう一生、これ以外のジュースいらないかも!」と叫ぶほど感激し、具が全く見られないカレーライスを食べた依子は「これは…!!インド人もびっくり!」と腰を抜かした。

飲み屋ではなく喫茶店なのに、店主をママさん、と呼ぶのも、常連のタクシーの運ちゃんたちの真似をして始めてみたが、これがやけに、しっくりくる。

店主をママさんと呼び始めて以来、「純喫茶 昭和」のドアを開けるたび、我が家に帰ったような安心感を抱くのだ。


ママさんが依子のもとへ運んできたミックスサンドを見て、依子は


「なぜ!?」


と叫ぶ。

ママさんは、二人の騒ぎっぷりに全く関心を示さず、カウンター内に戻ってスポーツ新聞を読み始めた。


「なぜ、サンドイッチのど真ん中に、チェリーが乗っかっているの!?そして、なぜ、このチェリーは真っ赤なの!?」


依子の狼狽振りをニマニマと見つめていたなつみが言う。


「それが、昭和だよ」


「そっかー。これが、昭和なんだー」


きちんと両手を合わせて「いただきます」と言ってから、依子はミックスサンドを食べ始めた。

平成っ子二人を横目で見ていたママさんは、依子の合掌を、今は遠い昭和の時代を追悼するかのようだ、と思ったかどうだか。

ただ、無言で新聞をパラリとめくった。

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