純喫茶「昭和」
純喫茶「昭和」
「なっつみー、おまたせー!!」
カランカラン…と乾いた愛らしいベルの音と共に、依子がやってきた。
二人の待ち合わせ場所は、いつも、ここ。
「純喫茶 昭和」
その名の通り、昭和をそのまま持ち越して、次の元号まで突き進みそうな元気のいいおばちゃん、というか、おばあちゃんが一人で切り盛りしている。
元気良く、ボスン!とバネがきしきし軋むソファに座った依子の目は、なつみの手元にあるグラスにそそがれている。
「あ、今日はクリームソーダじゃないんだ?なに、それ?」
「ん。コーラ」
「…え?なんて?」
「いや、だから。コーラ」
「…えーと、コーラ、って聞こえるんだけど、それって、もしかして私が遅刻したのを怒ってる、こらー。ってこと?」
「なんだよ、それ。コーラだよ、コーラ。普通の。コカコーラ」
「え、だって、それ、レモン浮いてるよ?」
「浮いてるねえ」
「アイスティーの間違いじゃなくて?」
「うん。確かにコーラの味。ただし、ほんのりレモンの香り」
「えーーー!!なにそれなにそれ!新しい〜!!すごくない?」
「いや、たぶん、新しいんじゃなくて、古いんじゃね?ここ、昭和だし」
「あ、そっか。じゃあ、じゃあ。昭和の喫茶店は、コーラ頼んだら、レモンが必ずついてきたわけ?」
「さあ、もしかしたら、そうかもね」
「へー。どうどう?飲んだ感想は?」
「んー。テキーラが欲しい」
「ああ。メキシコーラのテキーラ抜きなんだ。なるほどお。さーて、今日は何たのもっかなー?」
「アタシのおススメはミックスサンドだな」
「そなの? すみませーん、ママさん、ミックスサンドとコーヒー下さい」
平成生まれの二人にとって、この店は昭和を体験できるテーマパークのようなもので、生まれて始めてクリームソーダを飲んだとき、なつみは「アタシ、もう一生、これ以外のジュースいらないかも!」と叫ぶほど感激し、具が全く見られないカレーライスを食べた依子は「これは…!!インド人もびっくり!」と腰を抜かした。
飲み屋ではなく喫茶店なのに、店主をママさん、と呼ぶのも、常連のタクシーの運ちゃんたちの真似をして始めてみたが、これがやけに、しっくりくる。
店主をママさんと呼び始めて以来、「純喫茶 昭和」のドアを開けるたび、我が家に帰ったような安心感を抱くのだ。
ママさんが依子のもとへ運んできたミックスサンドを見て、依子は
「なぜ!?」
と叫ぶ。
ママさんは、二人の騒ぎっぷりに全く関心を示さず、カウンター内に戻ってスポーツ新聞を読み始めた。
「なぜ、サンドイッチのど真ん中に、チェリーが乗っかっているの!?そして、なぜ、このチェリーは真っ赤なの!?」
依子の狼狽振りをニマニマと見つめていたなつみが言う。
「それが、昭和だよ」
「そっかー。これが、昭和なんだー」
きちんと両手を合わせて「いただきます」と言ってから、依子はミックスサンドを食べ始めた。
平成っ子二人を横目で見ていたママさんは、依子の合掌を、今は遠い昭和の時代を追悼するかのようだ、と思ったかどうだか。
ただ、無言で新聞をパラリとめくった。




