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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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いつか王子様が

いつか王子様が

朝、起きて歯を磨く。出勤してそれなりに働く。くたびれて帰宅。お風呂に入って夕食を食べてテレビを見たら、てきとうな時間に寝る。

毎日、これの繰り返し。


子どものころには、夢見たものだった。

ある日、とつぜん白馬に乗った王子様が、私のもとへやってくる。そして、言うのだ。


「あなたこそ、私が捜し求めた姫君!さあ、一緒に私の城へ参りましょう」


そんなの、安っぽい作り話だ、と、幼稚園のお遊戯会で知ってしまった。

演目は「白雪姫」。私はもちろん、白雪姫になりたかった。

けど、選ばれたのは児童劇団でお芝居をしていたエミちゃん。

ああ、そうか。世の中って、そうなんだ。

知ってしまった。幼稚園児にして、すでに。

それから私は、リアリストとして生きてきた。

なのに…



朝、トイレのドアを開けると、


そこは、魔法の王国だった。




パジャマ姿で呆然と立ちすくむ。

便器があるだけの、こじんまりとした空間があるはずの場所が、今は、花とりどりに咲き乱れる庭園と、遠くにお城が見える、ナイスロケーションに早変わり。

なんなんだ、これは…大がかりなドッキリカメラ?…ってありえないから、 この臨場感。


私は一歩二歩、後ろに下がってみる。

トイレのドアは、間違いなく、ある。

振り返ってみても、見慣れた洗面所があるだけだ。

しかし、トイレのドアの内側は……


バラが、わんさと咲いている。

それに添えるように、くちなしやポピーや椿や沈丁花や藤や紅葉やマロニエやひまわりや…

季節を無視し、国籍もとりどりに、好き勝手に花が咲き乱れている。

ありえない。

こんな庭、ありえない。


呆然と突っ立っていると、お城のほうから二匹のカエルが、ぴょこたんぴょこたんとやって来た。


「ああ、良かった、間に合った。ようこそおいでくださいました。救い主よ」

「ああ、良かった、これで姫は助かる、恩に着ます、救い主よ」


カエルが口々に言う。

カエルが…しゃべってる…ありえない。

そうか、そういうことか。

私、起きたつもりで、まだ寝てるんだわ。

そういう夢を見た。って話は聞いたことある。起きて顔洗って朝ごはん食べて会社に行ったのに、実際はそれは夢で、じつはまだ寝ていた、なんて話を。

そうだ。うん。これは、夢だ。よし。

夢ならカエルが話しても問題なし。オッケー。


「え、えーと、なにかしら?救い主って、私のこと?」

カエルたちに聞いてみる。カエルと会話…ありえな…いや。いいんだった。夢だから。


「そうです、救い主よ。あなたはこの国を滅びから救ってくださる約束の戦士」

「もちろん、救い主よ。北の魔女にさらわれた姫を救い出してくださる魔術師」


「えーと。私、戦士でも魔術師でもないんだけどなあ…普通のおばさんなんだけど」


「いいえ、救い主よ。あなたこそ、伝説の剣を扱えるただ一人のお方」

「いいえ、救い主よ。あなたこそ、伝説の魔法を唱えうる唯一のお方」


「オッケー、オッケー。そういうアイテムが準備されてるなら、オッケーよ。じゃあ、早速、行きましょうか」


「「おお。救い主よ!ではすぐに王城へご案内いたします」」


私はカエルに導かれるまま、トイレの扉を閉め、城への道を歩き出した。

そのとき、振り返ってみればよかったのだ。

閉めた扉は、跡形もなく消えてしまい、私はもとの世界に戻る道しるべを無くしてしまった。

と、気付いたのは、これよりずっと後のことで…

お姫様になりたかった私は、普通のおばさんというシガラミを飛び越えて、

思いもよらぬ冒険に借り出されることになる。                       おわり

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