いつか王子様が
いつか王子様が
朝、起きて歯を磨く。出勤してそれなりに働く。くたびれて帰宅。お風呂に入って夕食を食べてテレビを見たら、てきとうな時間に寝る。
毎日、これの繰り返し。
子どものころには、夢見たものだった。
ある日、とつぜん白馬に乗った王子様が、私のもとへやってくる。そして、言うのだ。
「あなたこそ、私が捜し求めた姫君!さあ、一緒に私の城へ参りましょう」
そんなの、安っぽい作り話だ、と、幼稚園のお遊戯会で知ってしまった。
演目は「白雪姫」。私はもちろん、白雪姫になりたかった。
けど、選ばれたのは児童劇団でお芝居をしていたエミちゃん。
ああ、そうか。世の中って、そうなんだ。
知ってしまった。幼稚園児にして、すでに。
それから私は、リアリストとして生きてきた。
なのに…
朝、トイレのドアを開けると、
そこは、魔法の王国だった。
パジャマ姿で呆然と立ちすくむ。
便器があるだけの、こじんまりとした空間があるはずの場所が、今は、花とりどりに咲き乱れる庭園と、遠くにお城が見える、ナイスロケーションに早変わり。
なんなんだ、これは…大がかりなドッキリカメラ?…ってありえないから、 この臨場感。
私は一歩二歩、後ろに下がってみる。
トイレのドアは、間違いなく、ある。
振り返ってみても、見慣れた洗面所があるだけだ。
しかし、トイレのドアの内側は……
バラが、わんさと咲いている。
それに添えるように、くちなしやポピーや椿や沈丁花や藤や紅葉やマロニエやひまわりや…
季節を無視し、国籍もとりどりに、好き勝手に花が咲き乱れている。
ありえない。
こんな庭、ありえない。
呆然と突っ立っていると、お城のほうから二匹のカエルが、ぴょこたんぴょこたんとやって来た。
「ああ、良かった、間に合った。ようこそおいでくださいました。救い主よ」
「ああ、良かった、これで姫は助かる、恩に着ます、救い主よ」
カエルが口々に言う。
カエルが…しゃべってる…ありえない。
そうか、そういうことか。
私、起きたつもりで、まだ寝てるんだわ。
そういう夢を見た。って話は聞いたことある。起きて顔洗って朝ごはん食べて会社に行ったのに、実際はそれは夢で、じつはまだ寝ていた、なんて話を。
そうだ。うん。これは、夢だ。よし。
夢ならカエルが話しても問題なし。オッケー。
「え、えーと、なにかしら?救い主って、私のこと?」
カエルたちに聞いてみる。カエルと会話…ありえな…いや。いいんだった。夢だから。
「そうです、救い主よ。あなたはこの国を滅びから救ってくださる約束の戦士」
「もちろん、救い主よ。北の魔女にさらわれた姫を救い出してくださる魔術師」
「えーと。私、戦士でも魔術師でもないんだけどなあ…普通のおばさんなんだけど」
「いいえ、救い主よ。あなたこそ、伝説の剣を扱えるただ一人のお方」
「いいえ、救い主よ。あなたこそ、伝説の魔法を唱えうる唯一のお方」
「オッケー、オッケー。そういうアイテムが準備されてるなら、オッケーよ。じゃあ、早速、行きましょうか」
「「おお。救い主よ!ではすぐに王城へご案内いたします」」
私はカエルに導かれるまま、トイレの扉を閉め、城への道を歩き出した。
そのとき、振り返ってみればよかったのだ。
閉めた扉は、跡形もなく消えてしまい、私はもとの世界に戻る道しるべを無くしてしまった。
と、気付いたのは、これよりずっと後のことで…
お姫様になりたかった私は、普通のおばさんというシガラミを飛び越えて、
思いもよらぬ冒険に借り出されることになる。 おわり




