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精油

人生初の執筆活動です。小説の「し」の字もわかっておりません。すみません。


『お嬢様、学校行ってる?』とか、不自然なところは一応いずれ回収する予定ですが、全く予期してないミスもあるかも、いやきっとあるのでお気軽にご指摘下さい。

港町を眺望できる低山の山中に、私の勤め先はある。

一見すると歴史のある異人館にも見える、赤レンガを基調とした荘重な洋館。


気の良い守衛さんと挨拶がてら、少し立ち話をし、記帳を済ませてから敷地内に入る。

眼前には青々とした芝生が広がり、屋外用のアイアンチェアとテーブルの白さが庭の瑞々しさを引き立てている。

スプリンクラーが撒き散らす水で服が濡れてしまわないように、道の端っこを歩いていく。

蒲萄が蔓を這わせているガーデンアーチをくぐり、お屋敷の正面玄関に立つと、すぐにドアが開かれた。

守衛さんから連絡を受け、待ち構えていたお手伝いさんだ。


軽く会釈し、今日のお嬢様のご様子、率直に言えば、どれほど機嫌が悪いかをお手伝いさんから聞きながら、書斎へ向かう。


お嬢様。


このお屋敷を所有するご主人の一人娘。


私の仕事は、お嬢様の家庭教師だ。



--------



「ちょっと聞いてよ!」


書斎に入るや否や、挨拶も無しに怒鳴られる。

お手伝いさんは剣幕に縮み上がり、「私はこれで」と言うが早いか、書斎から逃げ出した。


「お早う御座います、どうされました?」


「昨日、内緒で友達に買って来てもらった化粧品全部パパに没収されてん!」


「それはまた、どうして」


「まだあたしには早いって。日傘も前におんなじ理由で禁止されてんよ?!」


世間一般には10代前半で化粧をする子供も増えていることは世情に聡いご主人のこと、当然ご承知の上だと思うが、娘を持つ父親としては納得し難いのだろう。


「化粧はともかく、日傘禁止は私も如何かと思います。白い肌は肉体労働をする身分では無い証拠。今日の夜にでも私からご主人へ進言致しましょうか?」


「うん。お願い。あたしが話したら喧嘩になっちゃうから」


照れ笑いをしながら言った。これで機嫌は直ったか。


「でも、化粧品取り上げたんは許さへん。絶対取り返す」


暗い顔で低く吐き捨てるように言う。まだお怒りだ。

しかし化粧品か。丁度良いタイミングかもしれない。


「お嬢様、私に提案が御座います」


名前を呼ばれた子犬のように、ハッと顔を上げ、期待に満ちた目で見つめてくる。


「ご期待の所申し訳ありませんが、昨日取り上げられた物を今日返せと言うのでは角が立つかもしれませんので、ほとぼりが冷めるまで我慢された方が宜しいでしょう」


「・・・それで、提案っていうのはそれだけ?」


ここで「はい」とでも答えようもんなら八つ裂きにしてやるとでも言わんばかりの気迫で尋ねられる。


「とんでもない。先日申し上げた通り、本日は蒸留の授業を行う予定でした。丁度良い機会です。蒸留実験で化粧水を作ってみましょう」


「化粧水だけ?」


「いいえ。勿論、化粧水だけでなくファンデーションでもチークでもグロスでも、お好きなものを作れますよ。ただ、どのような発色にするのか、地肌の色とあった具合の良いファンデーションができるのかは、お嬢様のセンス次第となります」


「面白いやん!」


勢いよく立ち上がり、満面の笑みを向けてくる。


「ただ、今回はあくまでも蒸留実験ですので、ファンデーションやチーク、グロスは明日の授業で作りましょう。その為、授業予定を変更して、明日は油脂と鉱物の授業を致します。ということで、本日の所は化粧水だけで我慢して頂けますか?」


「うん!許す!」


年相応の可愛らしさと憎たらしさの混じった笑顔でそう言い放った。



--------



お嬢様と一緒に、お屋敷内の実験室へと向かう。魔術や錬金術に使用するチェンバーで、併設の薬品保管庫には古今東西の多様な試薬がストックされている。茶褐色の薬瓶が所狭しと並ぶ光景は圧巻だ。

どちらも私が家庭教師として鍵を預けられている部屋である。


ご主人は私以外にも、数名の使用人を雇っている。先程会ったお手伝いさんや、守衛さんも使用人だ。

そして使用人のそれぞれが、自分の仕事部屋、管轄を割り当てられている。例えばお手伝いさんは洗濯室や乾燥室、守衛さんは守衛室と温室がそれにあたる。


また、仕事部屋以外にもそれぞれ自分の私室があてがわれている。ベッドと机があるだけの簡素な部屋だが、職務が長引いて、最終の汽車が無くなった時に泊まることもできるし、私は授業用の教材を私室で用意することもある。


これらの私室は、たとえご主人であっても、みだりに立ち入る事はできない。我々使用人にとっては安息の場だ。しかし仕事部屋はそうでもない。


シェフの仕事部屋である厨房は、気まぐれで奥様がお菓子を作りにいらっしゃることもあれば、私の仕事部屋である書斎や書庫は、調べ物をなさるご主人をよく見かける。

つまり、仕事部屋ではいつ現れるかわからない権力者に対する注意を怠ってはいけないのだが、実験室に関してはそうでもない。


大正時代に設置されたという実験室はどこか陰鬱で、ガスと蝋燭の灯りだけでは仄暗く、実際、普段は用もない場所なので来訪者はほとんどいない。私を除いて。

私も別に陰湿な半地下実験室が好きなわけではない。単に授業で利用することが多いだけだ。今日みたいに。


実験室へ向かう途中の廊下で食器を持ったお手伝いさんを見つけた。

このお屋敷にたったひとりのお手伝いさんで、皿洗いから配膳、洗濯、掃除から簡単な料理ソースやドリンクを全てこなしている。

きっと使用人の中で一番忙しいだろう。過労死しませんように。


実際、お手伝いさんの内気な性格を考えるに、激務がキツイなどと自分から言い出せるとは思えない。

お手伝いさんはお嬢様より少し年上だが、かなりの引っ込み思案で、良く言えば慎ましいが、お嬢様からすると地味でつまらないように思えてしまうのだろう。二人の仲は暖かいものではない。


だから、今こうしてお嬢様とすれ違う時にも、お手伝いさんは、俯いて顔を隠すように頭を下げていた。

ふとお嬢様の顔色を伺ったが、お手伝いさんなどまるでいないかのように、全く意識を向けることなく、ただ自分がピンク色のチークを作るか紫色にするかで悩んでいた。



--------



「さて、蒸留についての基本的な説明は終わりです。質問は御座いませんか?」


「うん!全部わかった!」


元気が良い。というより、おもちゃが待ちきれない子供のようだ。


「では、実験用品を集めてもらいます。ランプはここにありますし、蒸留器は大きいので私が用意します。お嬢様は冷却器をお願いできますか?」


「うん。リービッヒ冷却器やね?」


語感が気に入ったのか、無駄にリィイビッヒ!と発音する。


「いえ、学校や試験ではリービッヒ冷却器が頻出しますが、あれはどうも洗いにくい。ですから今回はデュワー冷却器を使います。こちらの方がよく冷えますし」


「なんで?」


「リービッヒ冷却器では水を流しますから、沸点が水温より低い物質は液化させられません。ですが、デュワー冷却器は氷水や乾燥氷ドライアイスを使えるので、より便利ということです。なによりこの二重漏斗のような単純な構造のお陰で、実験後の洗浄が簡単なんですよ。ということで、私は厨房から乾燥氷を頂いてきます」


「この部屋にも冷凍庫あるけど、乾燥氷は入ってないん?」


「ありません。お嬢様、冷凍庫内はどうして冷えているのかご存知ですか?」


「ペルティエ効果とかなんかそんな関係!」


「ええ、そうですね。ペルティエ効果とは二種類の金属を二点でくっつけて、魔力を込める事で、ひとつの点では熱が吸収され、もう一方では熱が放出されるのです。だから冷蔵庫や冷凍庫の後ろは熱いんですよ。さて、問題はこのペルティエ効果は効率が悪く、マイナス20度程度までしか下げられないのです」


「じゃあ、乾燥氷はもっともっと温度低いってこと?」


「その通りです。乾燥氷を保存するには大体マイナス80度くらいの保冷庫が必要ですね。生憎、実験室の冷凍庫は通常のタイプですが、厨房には乾燥氷専用の超低温型冷蔵庫があるんですよ」


「乾燥氷って厨房で何に使うん?飾りだけ?」


「もちろん特別なお食事での演出にも使いますが、柿の渋抜きに使うそうですよ。他にも、乾燥氷にジュースをかけて即席シャーベットにしたりですかね。溶け残りがあると危ないので使用人しか食べませんが」


言ってから、しまったと思った。もし食べてみたいなどと言われたらどうしようか、と思ったが、その心配はいらなかった。


「ジュース凍らせてシャーベットなんて。わざわざ乾燥氷なんか使わんでも凍結魔術でええやんか」


「ええ、お嬢様は才能に恵まれていらっしゃるので、その方が良いでしょうね。しかし殆どの使用人は魔術の高等な術式や深淵な哲学を理解することができず、またしようとも思わないために、魔術を行使できないのです。もちろん、私は魔法科目も担当ですから、それなりには行使できますが」


「使えたら便利やのになぁ。なんでやろうともせんで諦めるんやろか」


お嬢様は、少しつまらなそうに呟いた。



--------



「さて、シェフから乾燥氷も分けて頂いたことですし、化粧水を作っていきましょう。化粧水に必要な成分は主に三種類です。精製水と、甘油グリセリンと、精油エッセンシャルオイルです」


実験机に向かい合って座り、授業を再開する。


「精製水って何?普通の水と違うん?」


「普通の水にも色々とありますが・・・例えば水道水について考えてみましょうか。まず、水というのは魔法式で言うとH2Oですね、Hが2個とOが1個という意味ですが、HとかOと言うのは何という物質のことですか?」


「Hが水素でOが酸素」


つまらなそうに答える。しまった。質問が簡単過ぎた。


「その通りです。水道水というのは、水素と酸素以外にも色んな物質が入っているのです。炭酸石灰カルシウムや消毒用の残留塩素、微生物の残骸や各種ガスです。これら不純物を出来るだけ取り除いたものが精製水です」


「なるほどわかった黙って!そのいらんもんを追い出すために、水道水を蒸留したらええってことやね?!」


理解が早いのは良いが説明を強引に遮るのは如何なものか。


「そういうことです。では、次の原料、甘油ですが、これはオリーブオイルを分解した時にできるものです。詳しくは明日の油脂の授業でやりましょう。最後の原料、精油について。これも今から作ります」


「精油ってママが使ってる、ええ匂いのやつ?」


「そうです。しかし香りが良いだけではありませんよ。精油には防虫効果もあるのです。ですから、お手伝いさんはお嬢様のお部屋のカーテンに精油を数滴垂らしているんですよ。窓を開けても虫が入ってこないように」


「そうやったんや!あたしも好きな匂いの精油を作ってかけてみよ!」


「精油は染みになってしまうので、目立たない裏側の、かつポイントを決めて下さいね。いくら裏側とは言えやたらめったら染みだらけなのは見苦しいですから。良いかけ方や適量はお手伝いさんに聞かれた方が宜しいかと思います」


「うん。そうやな。後で聞いてみる」


案外すんなり受け入れてもらえた。これでお手伝いさんとお嬢様が少しでも仲良くなってくれればいいんだけど。

別にお手伝いさんとお嬢様の間柄が良くなったからといって私の給金が増えるわけでも無いが、同じ職場仲間としてちょっとくらいの手助けはしたい。


「それで、精油はどうやって作るん?」


「こちらも厨房からわけて頂いたものですが、色々な種類のドライフルーツが御座います。これを水と一緒に蒸留するだけで好きな香りの精油を精製できます」


「え、そんだけなん!?」


「はい。そんだけです。ドライフルーツでなく、ドライフラワーでもできますよ。ただ、元となる乾燥物の質量の1%程度しか抽出できません。ですから精油は基本的に高価なんです」


「へー!じゃあそれ自分で作りまくったらめっちゃお金儲けできるやん!」


「貴方充分お金持ちじゃないですか」


私が苦笑しながら指摘すると、いつになく真剣な様子で返された。


「ちゃうねん。いくらお金があってもそれは全部親のお金やもん。あたしは自分でお金を稼ぎたいんよ。あたしは正直、今の自分が恥ずかしい」



--------



この日の晩、ご主人への授業報告と実験室の片付け、実験器具の洗浄、次の授業の用意を終えてから、使用人用の食堂で食事を摂る。

使用人の食事というのは、本来お手伝いさんが作るものだが、こちらのご家庭では私達使用人もシェフが作った料理を頂くことができる。当然、素材や品数は御家族のそれに比べれば劣るし、賞味期限間近の食材を処分する代わりという意味合いもあるのだが、それでも充分に美味しい。美味しい食事は疲れを癒すことができる。素晴らしい。


「今日はシュバイネハクセだ」


手が空いていたのか、シェフが直接配膳してくれる。疲れた顔はしているが、一日の仕事が終わった開放感からか嬉しそうに見える。

シュバイネハクセは茹でた豚肉を皮がカリカリになるまでローストしたドイツ料理だ。


「有難う御座います。つまり御家族の献立はアイスバインですか?」


「その通り!シュバイネハクセはアイスバインと違って塩漬けにする手間がいらねーんだ。工程と時間が節約できるからな、この組み合わせが結構楽なんだよ」


「私はアイスバインよりアイスワインの方が好きですけどねぇ」


「それ親父さんも言ってたぞ」


「そうですか・・・」


「お手伝いさんはまだ帰ってねえか?3人で飲もうぜ、アイスワイン」



「今月何本空けました?」


「まだ一本も」


「では、そうしましょうか。食べ終わったらお手伝いさんを呼んできます」


「おう!明日の朝食の下拵えしとくわ!」



--------



こちらのお屋敷では、使用人がワインを飲むことを許されており、制限は『使用人全員で毎月4本まで』『飲酒は22時以降』『家族の愛蔵している酒は飲まない』。この3つだけだ。


今回頂くことになったアイスワインは、凍らせた蒲萄を発酵させたもので、非常に糖度が高く、蜂蜜のように甘い。


常勤の屋内使用人が三人揃って乾杯する。

料理人はシェフ一人だけで、家事担当もお手伝いさん一人だけ。家庭教師は私以外にも二人、音楽担当と英会話担当がいるが、どちらも隔週での授業しか無い。


それ以外に屋内を仕事場とする使用人はいない。従って、必然的に三人の間でそれなりの結束や連帯感が生まれてくる。



「家庭教師さん!お夕飯前にですね、お嬢様が私に声をかけてくれまして!」


お酒に強くないお手伝いさんが頬を赤くしながら私に話しかける。


「授業で化粧水を作る途中に精油ができたから、カーテンとかハンカチに染み込ませてみたいけどどれくらい使ったらいいかって!」


私、嫌われてたわけじゃなかったんですね~!と言いながらグラスの酒を飲み干す。


嫌われてるとか以前に、貴方そもそもお嬢様の興味の対象じゃなかったんだと思います、なんてことは言わない。


午前中から授業をしてクタクタに疲れていることを考えると早く帰路についた方が良いのだろうが、学生時代の文化祭の打ち上げのようで、仕事仲間とするとりとめもない雑談がなんとも心地よく、結局は今夜も帰宅できずに私室のベッドに潜り込むことになるのだ。

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