焦眉の急
私は不幸だ。
「嘘吐き」
「嘘吐き? おいおい、それじゃあ俺が嘘吐いてるみてえじゃんか。やめてくれよ」
「だって、あの喫茶店が良いって言ったのは尽だよ? それなのに注文を間違えられるし」
「俺はあの喫茶店の雰囲気が良いって言ったんだ。嘘は吐いてない」
「雰囲気もお世辞にも良いとは言えなかった」
「嬉しそうにしてたじゃんか。『お洒落だね』とか言ってたし」
「……。雰囲気は百歩譲って良しとしよう、けれどコーヒーとコーラを間違えるなんてありえない。あんな健康に悪いだけの害悪飲料と高尚なコーヒーを間違えるなんて」
「どんなプロフェッショナルだってうっかりはあるさ。それがたまたま俺達にかぶさっちまっただけだ。仕方ない」
「絶対に許さない」
「どうでもいいけど、俺に当たるのはやめてくれ」
「……」
「あと、コーラを悪く言うのもだ。あれはあれで、俺の世界を救ってるんだ」
「……」
「なんだよ、急に黙りこくっちまって」
「本当に尽を、信用していいのかなって。今更ながら不安になってるだけだよ」
「ははっ、俺以上に信用できるやつがこの世界のどこにいるんだよ。俺は迷わせ屋三代目だぞ?」
「その迷わせ屋ってのすら胡散臭いでしょう? 私からしたら騙しますよって全身で訴えているような」
「まあ一理あるな。正直言って信じてもらえたことの方が少ない」
「やっぱり」
「でも、俺は類火を迷わせる」
「ちょっとばかし古めかしい言葉だが、まあ古きを大切にするのはいいことだ。例えこの身が滅びようとも、絶対にお前に自殺なんてさせない」
「……」
「カッコつけすぎたか」
「悪い気分ではないよ」
「そいつは重畳」
「ところで、他殺は?」
「それは契約外。さすがの俺も、屈強な男戦士との戦闘までは想定してねーよ」
「さすがに期待し過ぎだったかな」
「期待し過ぎなんて俺に対してはねーよ。期待しまくれ、答えてやる」
「じゃあ、期待しておくよ」
「おうおう」
「ただね、私なんかが尽に守られていいのかって、思うこともある。私なんかより、もっとずっと大切な人がいるんじゃあないかって。迷わされるべき人がいるんじゃあないかって。私なんて放ってくべき存在。死ぬべきなんじゃあないかって」
「それは違う。確かに類火なんかよりもっとずっと大切な人がいる。迷わされるべき人がいる。けれど類火は絶対に死ぬべき存在なんかじゃない。そんなやつらは同じように、もっと他にいる。俺が保証するよ」
「それならよかった。少なくとも尽の中で私はそういう存在ならば、少しは気が楽だよ」
「まあなにはともあれ安心しろよ。お前には迷わせ屋がついてる」
この遊園地に来る道中、そんな話をしていた。しかし時は経ち、迷子センター前。
高飛尽が、胸にナイフを刺され仰向けになっていた。
真っ赤に染まる胸部、それは素人目に見ても致命傷だった。