転ばぬ先の杖
「で? どこまで話したっけ?」
「まだなにも」
喉に炭酸の痺れるような感覚が残っている。
「まぁ、難しいことはどうでもいい。わかってもらいたいのはただ一つ。俺は、類火を迷わせに来た」
「……。とどのつまり、自殺をさせないってことだよね? やっぱり気になるところは依頼主かな? 心当たりもさっぱりだし」
私の両親? いやいや、火事で家が全焼した時も何もしてくれなかったのだし、それはない。もう縁も切ったはずだ。兄弟? いない。恋人? まさか。
「そこはもう聞かないでくれ。他だったらなんでも答えてやるからさ」
「じゃあ、いくらぐらいで依頼を引き受けたの? 三百万円を簡単に投げられるなんて相当もらっているんじゃないの?」
「七百万だ。三百万円は渡すように、事前に依頼主から頼まれていた」
結構な大金だ。私の知り合いにそんな額を簡単に使える人間はいない。さらに依頼主がわからなくなった。
「じゃあ、もう一つ質問。尽はいつまで私といるの? 取り敢えず今日は自殺を諦めたけれど、私はまたすぐにでも死にたくなるよ?」
「生きたいって思うまでだ。それまで俺は類火の隣にいる」
死にたい。面倒な事に巻き込まれてしまった。これじゃ当分自殺はできないようだ。
「最後に。これからの予定は?」
「まずは、遊びに行こうぜ。こんな遠くまで来たのは理由があるんだ。ほら、近くに遊園地があってさ」
「遊園地?」
名前は聞いたことがあるがなんなのかまるでわからない。最近よく同僚が『近くに遊園地ができたんですよ! 一緒に行きません?』と話している現場を目撃するが、遊びに行くところだったのか。
「なんだよ? 嫌だったか?」
「ううん、別に。どうせ暇だし、行こう」
『遊園地に行きたい』というよりも『この喫茶店から早く出たい』という気持ちの方が大きかった。多分ここにはもう二度と来ない。
「徒歩五分もしない。軽く話しでもしてたらすぐだ」
そう言ってテーブルから立ち上がる尽。私もそれにつられて立ち上がる。テーブルには飲みかけのコーラが残っていた。