暗夜の礫
小学校、中学校、高校、大学ともてることの無かった私。やはり中学生とはいえ、ちょっとばかしかっこいい男にこうも堂々と告白されると気持ちが良いものだ。だが、子供。とっとと断って代わりのお金を貰うとしよう。
「え、いやあの。きき、気持ちは嬉しいのだけどね。とても、うん。けれど年が離れすぎだと思うんだ私達。それにまだ君は結婚できる年齢じゃあないでしょう? だからさ、十年後くらいにまたプ、プロポーズしてよ」
何だか諦めきれないような言葉になってしまった。私の本心はまんざらでもないらしい。
「ん? それはやんわりと断っちゃってるってことか? うわ、俺恥ずかしい。ふられてやんの」
「違うよ、問題は年齢だけ。同い年だったら間違いなくOKだよ。本当は年齢なんて関係なく君と――」
いやいや、考え直せ。もし仮に、仮に付き合ったとしよう。誰かに知られてみろ。良くて『大丈夫だよ! 世界には色んな趣味の人がいるからそういう愛の形だってありだよ!』って言われるだろう。悪くて『うわっキモ』だ。そうだこれは母性だ。可愛い中学生に対して守ってあげたいという母性が働いているだけであって、恋とか愛とか、そんなものでは無いはず。
――プルルルル。プルルルル。
私の携帯の初期設定そのままの着信音が鳴り響く。電話のようだ。
「ん? 俺に無視して出ていいよ? ちょっと感傷に浸りたいからさ」
「じゃあ、ちょっとごめんね」
折り畳み式の携帯を開き、ボタンを押す。
「もしもし?」
「もしもし、『真澄類火』様でしょうか?」
優しそうな男性の声。初めて聞く声、恐らく知り合いではない。
「はい、そうですが……。何のご用で――」
「彼方レンズ様の行方が昨晩から不明となりました。そのため連帯保証人として借金の総額五百万円、類火様に支払っていただきます」
彼方レンズ? 借金五百万円? それらの言葉が頭の中で何度も反復される。
「詳しいことにつきましては、後日追って連絡させていただきます。それでは」
「ちょっと待ってください!」
後ろに見ず知らずの人がいるというのに、私はそんなことお構いなしに大声で叫ぶ。しかし、聞こえてくるのは通話終了を伝える機械音だけだった。
違う。
私は自殺をしに来たのだった。
お金のせいで少し頭がどうかしていた。そうだ、私は運が悪い。そうやって騙されたのを忘れたのか。どうせ三百万なんか手に入れたところで、こうやってすぐ失って終わりだ。もうやめよう。世界に一喜一憂することなんて疲れた。私の先には何もない。
少年にも帰ってもらおう。三百万円も返してあげよう。
独りで、死のう。
「ごめんね。もう終わったから大丈夫だよ」
ポケットから三百万円を取り出し、再び地面に置く。
「どういうことだ類火? 遠慮してるんならやめてくれ。そんなものはいらない」
「違うよ。三百万円がいらなくなっただけだよ。死人にはね」
「おっ。なんか電話で言われたな? 気にしなくていいんだぜ、借金だろうがなんだろうが俺が解決してやる。そのために今ここにいるんだから」
「君に迷惑をかける」
「いいぜ。俺がすべての迷惑を被ってやるよ」
「どうせ全て失うよ」
「いいぜ。また俺が与えてやる」
なぜ。
「なんで? なんでそんなに関わってくるの? 救いの手を差し伸べようとするの?」
「なんだって、俺は『迷わせ屋』。頼まれて類火の人生を迷わせに来たから」