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浅みに鯉

「死のう♪」


 運が悪すぎる。

 二か月前、住処としている私の唯一の安楽の地。家。その家がお隣さんの火事により全焼した。

 それだけなら、まだいい。まだ取り返しがついた。例え、我が家とともに全財産を失おうとも、まだ取り返しがついた。嘆きはしたが死を決意するまでには到達しなかった。

 翌週、新しい住処が見つかるまでという条件で借りた会社の部屋が全壊した。ビル建設中の事故だそうだ。鉄骨が会社に突き刺さり、見るも無残な状態に。しばらくの間会社は休み、会社内へも立ち入り禁止となった。

 翌月、同僚に借りた金で泊まっていたネットカフェが埋没した。地盤の緩みを気にせずにネットカフェの建設を強行した建設会社が原因であった。

 もうすぐ三十路。周りの同級生たちが次々と結婚していく中、流された私も結婚活動。いわゆる『婚活』をした。ネットカフェの件で、少ないとはいえある程度の賠償金を手に入れた私は一人の男と会い、その金で結婚目前にまで漕ぎ着けた。

 人生初、結婚詐欺にあった。

 賠償金及び給料。全てをだまし取られ無一文となった。

 ここで、今に至る。

 昔から運は悪かったが、ここ最近は格別だ。何か私に悪いものがついているとしか言いようのない状況。悪いことをされた覚えはあっても、した覚えはない。ただただ、神を呪おう。世界を呪おう。

 私にしてみれば頑張った方だ。ここまで、良く生きたとも言える。飽きっぽい私が二十七年間も死なずに生きてきたのだ。快挙である。


 自殺を思い立ったのが昨日、せめて最後だけでも嫌いな上司に仕返しができればいいなと、私は会社の屋上に立っていた。事故の傷はすっかり治り、あの時の痕はすっかり消えている。

「自殺って初めてだけど、七階からで死ねるかな」

 当初は首つり自殺やリストカットなども考えたが、その行為に至るまでの用意が面倒なため、ただ落ちるだけで可能な投身自殺に決定した。

 時間はちょうどお昼。会社の昼休みを使って自殺を試みようとしたため、きちんと朝早く出社し、身だしなみも整えてきた。

「結構な数の人がいるな。あ、お昼だからか」

 屋上から下を眺めると、ベンチに座り弁当を食べる人、歩道を歩き、近くの食事処に向かう人などが多く見られる。当然お昼は食べていないので、私の腹の虫は今にも鳴こうとしている。

「下の人にぶつかったら危ないかも。最悪、怪我じゃすまないよね」

 もう少し時間がたってからにしよう。あと少しすれば人通りも落ち着くだろう。


「格好いいね、おねーさん。こんな真っ昼間から投身自殺かい?」

 招かれざる観客だ。私は本当に運が悪い。これだから世界は嫌になる。

 声のする方を振り向くと、小学生高学年くらいの子が、体に不釣り合いなほど大きな肩下げ鞄を下げていた。

「どこの誰だかは知らないけど、今日は平日だよ。それこそこんな真っ昼間から君は何をしているのかな?」

「俺の名前は高飛尽。中学二年生だったけどやめた」

「へぇ」

 どうやったら義務教育を途中でやめられるのか若干気になったが、今はそれほど重要なことではない。

「まぁ、どうでもいいのだけれどね。その通り、私は自殺をするの。駆けつけた警察の人に『君が突き落としたのではないのかね?』とか変に疑われるのは嫌だと思うし、早く帰った方がいいと思うよ。それとも君は『人が死ぬところ大好き!』ってタイプの人間かな。どっちにしても、中学校すら卒業しないなんてろくな人間にはならないだろう。けれども今後もお天道様の下を堂々と歩きたいのなら、ちょっとでもリスクは避けたいと思わない?」

「あ、ごめん。俺、中学校すら卒業してなくてろくな人間にはならない系の人だからさ、ゆっくり聞かないと理解できないんだよね。できればもう一回言ってくれない? 早く帰った方がいいと思うよってあたりから」

「……。いやだよ。面倒だし、君みたいな子供には難しい話だったかもね。謝らせてもらうよ」

「イライラしない、イライラしない。ほらチョコレートあげるから」

 鞄の中に両手を突っ込み、板チョコレートを出す。

「ほら、リラックスしていこう。おねーさん、名前は?」

「真澄類火。それじゃあさよなら」

 フェンスに足をかけ身を乗り出す。頬を撫でる風が心地良い。

「早まるもんじゃねーよ。類火」

 名前が分かった途端呼び捨てとくるか。

「命ってのは大切なんだぜ?」

「よくテレビで見るよ」

「よく見る? だったらなんで類火は自殺するんだ?」

「大切なものを無駄にしてしまってもいいと思えてしまうほど、生きるのは辛くて、世界は苦しいものだから」

「生きるのは辛い。なるほど賛成だ。世界は苦しい。俺もそう思うよ。ただ。」

 ただ――。

「だからと言って、俺にとっちゃあそれは死ぬ理由にはならない。俺は辛さも苦しさも全部ひっくるめて世界が大好きだ」

「私にとっては十分すぎる理由だよ。君は家が火事になって、住んだところが事故でつぶれて、泊まったところがことごとく埋まって、好きになった人に裏切られたことなんて、ないでしょ」

「そうかそんな災難にあったのか、大変だったな。心中お察しするよ。けれどなんでやり直さない」

「やり直す?」

「そう、やり直す。もっかい家を建ててそこに住んで、ときめいた人を愛せばいい」

「面倒だよ」

「何をいまさら、生きることは押しなべて面倒だぜ」

「もし、もう一回やり直せたとしても失敗するだけだよ。私はそうできてる。もう飽きたんだよ。疲れたんだよ。そこら辺にいる、好きでもないやつの機嫌をとって生きることに」

「嫌いなやつのためにあんたが頑張る筋合いはない。同じ頑張るだったら別の方向に頑張れ。嫌いなやつを変えてやれ。あんたが気に入るように叩き直せばいい」

「私はそんなに強くない。それに、私の嫌いなものはこの世界そのものだよ」

「だったら世界を変えればいい」

「……」

「試しに類火の世界を変えてやるよ。ほら悩みや痛み、吐いてみろ。俺が全部まとめて解決してやる。生きたくないなんて口が裂けなきゃ言えないようにしてやるよ」

 このガキは何を言っているんだ。そんな簡単に、一朝一夕に解決するようなものだったら、今こうして自殺なんかしようとしていない。

「じゃあお金を頂戴よ。騙し取られた金額だけでいいからさ。二百万円」

「おう、いいよ」

 そう言ってチョコレートを持つ手と反対側の手で鞄の中に手を入れる。

「ほら」

 地面に叩き付けられた三つの紙束。一枚一枚に『一万円』と書いてある。

「百万円はおまけだ。足りなかったらまだやるよ」

 およそ中学生の鞄からは出てこないであろう三百万円。驚愕する私に、尽は手に持つチョコレートを食べ始めた。もちろん簡単に『うわ、三百万円だ! やったぁ!』なんていう愚かな行為には走らない。それは騙されて学んだ。こんなうまい話があるはずないのだ。

「うわ、三百万円だ! やったぁ!」

 フェンスから足を下ろし、地面に落ちている三百万円を拾い上げる。手にズシリとくる紙幣の感覚、初めて味わうものであった。すかさずポケットに詰め込む。

「満足したみたいだな」

 三百万円となるとさすがにかさばる。やはり、一度鞄を取りに行ってそこに入れた方がいいのではないのか。いや、そんなことはできない。職場の人間が信じられるか。とはいえ、こうしてポケットがパンパンの状態で戻るなど言語道断。取り敢えずはここ、屋上に隠しておくのがベスト。いやいや滅多に人が来ないとはいえ、もしもがあったらどうする。危ない橋は渡らな――。

「満足したみたいだな、類火」

「そう焦らないでよ。まだまだ私は死ねる」

 内心は正直満足しているが、こんなチャンス。こんな幸運、私の人生に二度はない。できる限り搾取する。この子供から搾り取る。

「確かに、お金は満足したよ。けれど、傷付いた私の心はそんなものだけでは治せない」

「と、言うと?」

「素敵な伴侶」

「素敵な伴侶?」

「難しかったね。わかりやすく言うならば、『旦那さん』ってとこかな。あ、いや無理だったらいいんだよ? さすがに四次元ポケットのようなその鞄からも男性は出すことはできないでしょう? だから代わりにお金でも――」

「好きだ。ちょっと若いけど、結婚を前提に付き合ってくれ」


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