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幼なじみは騎士  作者: 細雪
本編
9/14

喪失

 夕方、サラはリオンや第三分隊の騎士と共に戦場となった森を訪れた。トリスタンの指示で遺体の収容が始まる。サラはリオンについて自らの持ち場だった場所へ向かった。仲間たちは、そこにいた。


 サラは、リオンが一人一人の仲間の傍へ跪き、そっと目を閉じてやるのを少し離れたところで見つめていた。


いつの間にかエドワードが荷車を引いた馬を連れてサラの傍らに立っている。


リオンは何か神聖な儀式を行うかのように、イーサンの身体を抱き上げた。ゆっくり彼を荷車の上に降ろすと、次はジェイクを同じように運んだ。その次はマルコだ。そしてトーマスだ。


最後にステラを降ろした時、彼女の首元からしゃらりと華奢な鎖がこぼれた。リオンがそっとそれを引き出してみると、異国のコインが鎖に通されていた。リオンはじっとそれを見つめていたが、そっと手を伸ばしてその鎖をステラの首から外した。


 サラはそっと彼らの汚れた顔を拭った。どうしてこんなことになったんだろう。どうして。


 じわりと涙が浮かんできたが、リオンの前では泣けないと思った。乱暴に目元を拭って我慢する。しかし顔を上げることができず、ずっと五人の仲間を見ていた。ずっと見ていれば目を開けてくれる気がして。


「戻るぞ」


 リオンの低い声がして、サラははっと顔を上げた。エドワードがサラの肩に手を置いて促す。


 馬に荷車を引かせて森を出る。エドワードが手綱を引いてくれた。リオンが先に立ち、サラは荷車の後ろからついていく。


 森の外には簡易の野営地ができており、サラとエドワードはそのうちの一つの天幕にイーサンたちを運び込んだ。食欲がなかったので夕食はとらず、あてがわれた天幕に入る。


「ふかふかのベッドが懐かしいよね。はい、サラの枕」


 いつものように笑って迎えてくれるステラの姿が見えた。しかしそれは幻で、瞬きをすると一瞬で消えてしまった。いつもはステラと二人で使っていた天幕も、今日はサラ一人だ。それに改めて気付いて、サラは天幕を入ったところで立ち尽くした。


 どれほどそうしていたのだろう。「邪魔するぞ」と声がして我に返ると、天幕にアルヴィンが入って来たところだった。


「おいおい、まだ甲冑つけてるのか。寝床の仕度もできてねえじゃねえか」


 そう言って彼は慣れた手つきでサラの寝床を整えてくれる。それから立ち尽くしているサラのもとへ戻ってきて、サラの装備を外し始めた。


 今日でなければ、今でなければ心臓が高鳴っていただろう。しかしこの時は何も感じなかった。ただ自分の身体が軽くなっていくのを感じていた。


 サラの装備を全て外し、髪も解いてくれたアルヴィンは、サラの顔を覗き込んだ。


「怪我の具合は」

「平気・・・・・」


 そう答えると、彼はサラの身体に腕をまわした。


「一人で泣くな」


 そう言われて自分が泣いていることにやっと気が付く。アルヴィンの手がサラの髪に差し入れられた。


「班長は・・・・・?」


「一人にして欲しいみてえだ。リオンはその方がいい」


 アルヴィンの腕に力がこもる。


「おまえが無事で良かった」


 その言葉に、サラは彼を押しのけた。そんなことを言って欲しくなかった。


「おまえの気持ちはわかってるよ。それでも俺はおまえが生きていてくれてほっとしたんだ。それを偽ることはできねえ」


 再び抱き寄せられて、サラはぐっとアルヴィンにしがみついた。嗚咽がもれ、我慢していた泣き声が止まらなくなる。


 どうして私だけ助かったの。どうしてみんな死んじゃったの。リオンは昔からの仲間を失った。サラとは比べものにならないぐらい絆の深い仲間を失った。


 アルヴィンはサラの背中を撫でながら幼子に言い聞かせるように言った。仲間を失った悲しみと、サラが生きていて良かったという感情は別物だと。サラが生き残ったことを申し訳なく思うのは間違っている。彼らは彼らの選択で命を落としたのだから。彼らがいなくなって悲しいのは当たり前だ。しかし、後ろ向きに嘆いてはいけない――・・・。


 そう言って、彼はサラが泣き疲れて眠るまでサラを抱いてくれていた。



 翌朝早くに目を覚ますと、アルヴィンはまだサラの身体に腕をまわしていた。それをそっとどけて起き上がると、「どうした」と掠れた声で訊ねられる。すぐに戻ると答えると、彼はまた眠りへ落ちていった。


 腫れた目元を押さえながら天幕を出ると、まだほとんどの騎士が休んでいるようで動いているのは見張りの騎士だけだった。みな表情が暗い。反対に、空は切ないぐらいに快晴だった。


 野営地の隅に設営された天幕へ近づくと、天幕の横に黒い髪が見えた。そっと近づくが、彼がサラに気付いた様子はない。腰を下ろしてたてた膝に肘を置き、指で細い鎖を弄んでいる。きらりと鎖に通されたコインが光って、ふとリオンがこちらを向いた。


「怪我は」


 思わず頭の包帯に手をやり、「大丈夫です」と答える。「そうか」と言ってリオンはまたコインを弄ぶ。


「……昔、ステラは優柔不断で自分で判断ができない騎士だった」

「そうだったんですか」

「ああ。肝の座らねえ困った奴だった。あまりにも意気地ねえからこれを渡した。そんなに迷うならコインで決めろって」

「結構乱暴ですね」


 思わず笑みを浮かべると、リオンの目元も少しだけ緩んだ。


 ぎゅっと胸の奥が苦しくなり、「申し訳ありません」と頭を下げてしまう。


「何が」

「私が至らないせいで・・・・・」

「なぜそうなる」


 リオンがじろりと視線を上げる。なぜと言われてサラは口ごもった。


「みんな自分の仕事をした結果だ。おまえは間違っていない」


 立ち上がったリオンがサラの肩に手を置いて歩き出す。その背中を見送ってからサラも自分の天幕へ戻った。目を覚まして仕度を終えたアルヴィンが朝食のパンを持って待っていてくれた。


 それを食べ終えて馬の世話をしに行くと、仲間たちがいる天幕へ入って行くエドワードが見えた。神妙な顔つきだ。邪魔をしてはいけない気がして、サラはそのまま馬の様子を見に行った。サラの馬と並んでマルコの馬が繋がれていて、また目の奥が熱くなった。それでも自分にできることをしようと唇を噛んで必死に馬の世話をした。


 昼前になって、周辺を捜索していた第五分隊から逃走した賊を見つけたと報告があがってきた。パルナの街はずれにある教会に集まっているという。


「中の様子は詳しく確認できていないが、ガイらしき人物を見たという報告がある」


 トリスタンの言葉に、隣にいたリオンの拳がぐっと握り締められる。会議中にも関わらず、偉そうに手近な岩に腰を下ろしているあたりはいつも通りだ。


「昼には出撃だ。編成は任せる」


 分隊長の指示を聞いて、エルドレットがリオンの方を見た。


「俺の班はあんたに任せる」

「俺んとこのも任せるわ。近頃弛んでるからちょうどいい」


 アルヴィンも気軽に言ったが、瞳は全く笑っていなかった。


 トリスタンの言った予定通り、騎士団は昼にパルマへ向けて馬を進めた。街へ入っても馬から降りることなく、そのまま教会へと突き進む。第五分隊が荒れ果てた教会を包囲し、第二分隊が正面へ馬を並べた。

 真ん中へ進み出たトリスタンが呼びかける。


「潔く出て来い。お互い卑怯な真似はなしだ。正々堂々渡り合おう」

「いずれにしろおまえら取り囲まれてるからな。さっさと諦めて出て来い!!」


 アルヴィンがトリスタンの隣に並んで怒鳴った。


 ギギッと音がして教会の戸が開く。ゆっくりと外へ出て来たのはガイだった。まだ騎士の甲冑を身に纏っており、その甲冑には返り血がついたままだった。


 それを見たサラの内側に怒りがこみ上げる。剣を抜こうとしたサラを、リオンが低い声で制する。


「ガイ、これはどういうことだ。説明しろ」


 トリスタンの問いに、ガイは首を横に振った。答えたくないのか、答えられないのか。


 苛ついたようにアルヴィンが怒鳴る。


「この後に及んでだんまりとは笑えねえな。説明すらできねえってのか。どんな大義があって俺たちを裏切った。どんな大義があって仲間を殺した」


 ガイの表情が歪んだ。それでも真っ直ぐこちらを見つめている。


 サラは思わず前へ出た。今度はリオンも止めない。


「ガイ、どうして私を殺さなかったの」

「さあ…どうしてかな」


 初めてガイが言葉を発した。どうしてかなと言いつつ、まだこちらを真っ直ぐ見ている。ふと、その表情が少しだけ緩んだ。


「立派になったな、サラ」

「貴様どの面さげて言いやがる!」


 激昂したようにアルヴィンがサラの横へ並ぶ。腰の剣に手がかかっていた。


 それを手で制して、リオンがゆっくりアルヴィンとサラを挟む形で前へ出て来た。


「リオン班長・・・・・」

「投降しろ。無駄な殺しはしたくない。おまえたちと違ってな」

「それはできません、班長。できるならこんなことしていない」


 教会からわらわらと男たちが出てくる。三十人ほどだ。ガイが剣を抜き、男たちもそれぞれ武器を構えた。


 それを見たトリスタンが手を挙げ、騎士たちが剣を抜いた。


「ガイ」


 リオンが低い声で呼んで、ガイが視線をぴたりと彼に合わせた。


「おまえは俺の自慢の部下だった」


 ガイの唇が震えたように見えた。気のせいかもしれない。


 男たちが死にもの狂いで向かってくる。トリスタンが「迎え撃て」と命令を下した。決死で向かってくる敵を相手に、サラも必死で剣を振るった。

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