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幼なじみは騎士  作者: 細雪
本編
7/14

本音

 翌日、朝の調練でサラの顔を見るなりリオンが「ひどい顔だな」と言い放った。昨日泣きながら寝たから瞼が腫れ上がっている。それはわかっていたが、それを真正面から仮にも異性に指摘されるというのは情けない。しかし自分が悪いので「仕事に支障はきたしません」と答えた。


 隣にいたガイが呆れたように顔を覗き込んできた。


「しっかし本当によく腫れたなあ。ちゃんと冷やさなかっただろ」

「そんな余裕なくて・・・・・」

「今日寝る時に冷やしてみな。ちょっとはましになるかもしれないぞ」


 理由は聞かないその気遣いに感謝だ。しかしもしかすると、昨日の騒ぎはもうみんな知っているのかもしれない。


 リオンがじろりと睨んで話している騎士たちを黙らせた。


「昼に正式な命令があると思うが、第三分隊と第五分隊は遠征に出ることになった。二十日ほどの行軍になるはずだ。そのつもりでいておけ」

「この間の夜会でサラが仕入れた情報の件だね、きっと」

 同じ班のジェイクがサラに耳打ちする。


 それから騎士たちはいつものように訓練を始めたが、リオンは「師団長は人使いが荒え」とぶつぶつ言っていた。ステラが苦笑して宥めている。


 サラも訓練で汗を流し、一度着替えてからみんなと一緒に昼食をとって広間に集合した。


 遠征組が全員集まったところで、師団長のトリスタンが入ってくる。相変わらずの眉目秀麗で年齢不詳である。


「おまえたちにはパルナへ遠征へ出て貰う。目的は反乱分子の制圧だ。斥候から入った情報によると、既に五十人ほどの人間が集まって王都への襲撃を目論んでいるようだ。準備期間は二日。三日後の早朝に出発する。質問はあるか」


 エルドレットの班員が手を挙げ、いくつか質問をした。


 ちらりと斜め前にいるアルヴィンがこちらに視線を送ってきたのがわかった。気付かないふりをして、まっすぐ前を見続ける。それでも目の隅でアルヴィンの動向を気にしてしまう。


 遠征の準備があるので第三分隊は第五分隊と共に通常の任務からは外れることになった。トリスタンが解散を告げると同時に、アルヴィンの班員が彼に纏わりついた。


「班長、昨日のお見合いどうだったんですか」

「何でおまえが知ってんだよ。・・・くそ、カイルだな。口の軽い」

「美人でした?」

「まあな」

「わ、羨ましい!」


 サラはくるりと踵を返して広間を飛び出した。その腕が後ろからぐっと掴まれる。振り向くとエドワードだった。


 彼はサラを中庭の方へ促しながら眉をひそめつつ声もひそめて言った。


「昨日ごめん。俺無神経なこと言った」

「私こそごめん。あのあとアルヴィン班長に何か言われちゃった?」

「ごまかしたよ。知られたくないんだろ」

「ありがと。・・・・・私昨日まで平気だと思ってたの。彼に恋人がいようが結婚しようが。ショック受けてびっくりした」


 エドワードは苦笑して、サラの顔を覗き込んだ。


「昨日も言ったけど、俺は班長に言えばいいと思う。班長が結婚するにしてもしないにしても、このままじゃサラはきっと後悔するよ」


 そう言ってぽんぽんとサラの肩を叩く。


「とりあえず任務に支障出すなよ」

「わかってる。それは心配しないで。ありがとエドワード」


 エドワードと別れて城に戻り、夕方まで遠征に出る準備をした。荷物をまとめてから予備の皮手袋を受け取りに行こうと部屋を出ると、階段を一階分下りたところでばったりアルヴィンと行き会った。サラはどうしていいか一瞬わからなかったが、アルヴィンは気安い笑顔を浮かべた。


「おう、どこ行くんだ」

「皮手袋を受け取りに行くんです。予備のが欲しくて」

「まさかもう荷物をまとめたんじゃねえだろうな」


 頷くと、「有り得ねえ」と呻かれる。


「俺の分もやってくれよ。もう面倒で面倒で」


 仕方ないなあ、やってあげる。

 そう言いたくなって、でもそれを言ってしまうと我慢ができなくなりそうで何も言わずに唇を噛む。

 いきなりアルヴィンがサラの腕をぐっと掴んだ。


「何、班・・・・・ちょっと、どこに・・・・・」


 アルヴィンは自分の執務室の戸を乱暴に開けると、中にサラを引っ張り込んだ。


「何ですか班長」

「その喋り方、かゆくなるっつっただろ」


 不機嫌な声で唸られて、サラはぐっと言葉を呑み込んだ。


「おまえ、何があったんだ」

「何もないわ・・・・・」

「それだけ目を腫らして?昨日あんなに取り乱して?今日だって俺の顔を見ようとしねえ。今もだ」


 厳しい声で言われ、びくりとして彼の顔を窺う。執務室のソファにどっかり腰を下ろした彼は、不機嫌そうにこちらを睨んでいた。


 どうしよう。どうしよう。怖い――・・・・・。


 怯えたサラを見て、彼はちっと舌打ちした。


「悪い。怒ってるんじゃねえんだ。ただ・・・・・おまえが何も話してくれねえと苛々するんだ。おまえ、昔は俺に隠し事なんてしなかったろ。だから・・・・・」


 アルヴィンはがしがしと鬱陶しそうに髪をかいた。視線があさっての方を向く。


「寂しかったんだろうな。おまえが俺から離れていくのが」

「そんなの!」


 思わず大きな声が出た。


「仕方ないじゃない。昔と同じようにはいかないの、アルヴィンだってわかってるでしょ。いつまでも子どもじゃないんだし、みんな変わっていくんだよ。アルだって結婚したら今と同じようじゃなくなるのわかってるでしょ」

「俺は何も変わらねえ」

「変わるよ。アルだって私から離れていってる」


 声が震えた。


 不機嫌そうなため息をついて、アルヴィンが立ち上がった。目の前まで来ると、まっすぐサラを見る。


「俺は何も変わってねえし、おまえから離れてねえ」

「そんなことない。アルが離れていくのが嫌で、私は騎士になったの。一緒に戦ってアルの役に立ちたくて。アルの役に立てたら、仲間として傍にいられるって思ったから。アルがどんどん遠くにいっちゃうのが寂しかったから・・・・・」


アルヴィンがどんどん迫ってくるので、それにあわせて後退していたサラの背中が壁に当たった。そのまま彼の手がサラを壁に押し付ける。獲物を狙う猛禽類のような瞳でアルヴィンが微笑んだ。


「おまえにアルって呼ばれるのは久しぶりだ」

 彼の右手がぐしゃりと髪を撫でる。


「何で寂しかったか教えてくれ」

「だから、アルが騎士になったら遠くにいっちゃったみたいで・・・・・ねえ、離して・・・・・」

「何で俺が遠くに行ったら寂しいんだよ」

「幼馴染が離れていったら寂しいと思わない?」

「・・・・・手強いな 」


 チッと舌打ちして、アルヴィンが苦笑した。至近距離なのは変わらず、サラは平静を保つのに必死だ。


彼はサラに好きだと言わせようとしている。言わせようとしているということはーー・・・?


 アルヴィンがサラの顔を覗き込んでくる。こげ茶色の瞳に見つめられて、きゅうっと胸の奥が締め付けられた。頭がちゃんとまわらない。


 アルヴィンが好きだという言葉が口から零れ落ちそうになったその時、コンコンとノックの音がした。


 サラは身を固くしたが、アルヴィンは全く意に介さずにサラの瞳を見つめている。


 再び戸が叩かれた。


「アルヴィン、早く開けろ」

「いねえよ!」


 外からの催促に、アルヴィンが苛立った声で返事をした。とんでもない返事だ。


「いないならとりあえず中に入って用事を済ませる。戸を壊して入るが、修理代はおまえもちだ」


 エルドレットの応酬に、アルヴィンは先ほど見せたよりも何倍も苛ついたように舌打ちした。最後に一瞬、名残惜しいようにサラの頬に手の甲で触れ、戸を開けに行く。


 入って来たエルドレットは、顔を真っ赤にして呆けているサラに一瞬黒い瞳を向けてから眉を顰めてアルヴィンを見た。


「あまり幼馴染を困らせるなよ」

「うるせえ。素直にならねえこいつが悪い」


 エルドレットは肩をすくめただけで何も言わず、遠征の行程について話し始めた。


 サラは二人に敬礼をして、するりと部屋を抜け出した。


 好きだと言えなかったことが残念なような、安心したような、不思議な気持ちだった。

お気に入り登録して下さった方、ありがとうございます。

精進致します。


ご指摘いただいた言葉を訂正しました。(2013.11.2)

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