任務
城の固いベッドにも慣れ、訓練によって毎日身体が軋むこともなくなり、清々しい朝日を浴びて目を覚ます。顔を洗って身支度をして、朝食の前に稽古でもしようかと中庭に出た時、エルドレットがサラと稽古をしていた騎士を呼んだ。
「緊急招集だ。第三分隊は広間に集合しろ」
「はっ」
何事だろう。とりあえず広間に行こうとしたサラをエルドレットが引き止めた。
「リオンを見なかったか」
「いいえ、見てませんが」
「多分部屋だな。悪いが見てきてくれないか」
一人でリオンの執務室ではなく部屋へ行くのは気が引けたが、緊急のようなので仕方ない。サラは早足で城の三階まで上がり、リオンの部屋の戸をコンコンコンとノックしてみた。
「班長、いらっしゃいますか」
返事がない。いるのかいないのかわからない。
もう一度ノックをして呼びかけてみる。やっぱり返事がない。失礼かと思ったが、戸に耳を当ててみた。その時。
「こら、何してるの」
肩を叩かれて文字通り飛び上がる。振り向くと、悪戯っぽく笑ったステラが立っていた。
「なんてね。びっくりした?エルドレット班長に聞いて様子を見に来たの。だめよ、ノックぐらいじゃ起きないから」
失礼しまーす、と軽く言って、ステラは躊躇なく戸を開けて部屋の中に入った。
妙に小奇麗な部屋の隅にあるベッドの上に、リオンがうつ伏せに転がっている。何も着ていない上半身の上に雑に薄い毛布がかけられていた。
「さあ、起こして差し上げて」
「えっ!私がですか」
「エルドレット班長に頼まれたのはサラでしょ。ほら、起こす起こす」
そう促されて、サラはベッドの傍らにしゃがみこんだ。
寝てても眉間にしわ寄ってる、この人。
「班長、起きて下さい。緊急招集ですよ。班長!リオン班長!!」
だめだ。起きない。
サラはそっと彼の肩に手を触れ、揺すろうとした――――が。
その手に痛みを感じて視界が反転し、気付いた時にはベッドに組み伏せられて首に筋肉質な腕が押し付けられていた。
「おはようございます、班長。緊急招集がかかってます。あと、サラが死んじゃうので放してあげてくれませんか」
ベッドサイドからの呑気な声に、サラの首に腕を押し付けていたリオンがふっと力を抜いて身体を起こしてステラを見た。
「緊急招集?」
「はい。第三分隊は広間に集合するようにと」
「わかった。すぐ行こう」
ステラがサラの手を引っ張ってベッドから立たせてくれる。まだぽかんとしているサラに、ステラがこそっと囁いた。
「寝起き悪いの、班長。寝てる時に無理やり起こそうとすると本能で反撃されちゃうんだよね」
「聞こえてるぞ、ステラ」
ステラはぺろっと舌を出し、サラを連れて部屋を出た。
二人が広間に行くともうほとんどの騎士が集合していた。そしてその少しあとにリオンが現れて全員集合となる。そのタイミングでトリスタンが入って来て、全員が敬礼した。
「早朝、武装した強盗が街の両替商に押し入り、現在も立て籠もっている。現在は第二分隊が包囲しているが、長期戦になっているため第三分隊が交代要員で出ることになった」
トリスタンの簡単な説明のあと、細かい編成について副官のペリーズが話し出す。
街の警備や巡回に出るのは毎日のことだったが、戦いになるかもしれない任務に出るのは初めてのことだ。
編成の説明が終わり、各自配置の確認をしたところでアルヴィンがすっとサラの傍らに来た。
「びびって漏らすんじゃねえぞ」
「失礼なこと言わないで下さい」
アルヴィンがおどけたように片眉を持ち上げる。
「頑張れよ」
そう言ってぐしゃりと頭を撫でられる。そのあとぽんぽんと頭を軽く叩いて去って行った。
ぐしゃぐしゃにされた少し伸びた髪をなおしていると、装備を確認しながらガイが笑った。
「リオン班長の言う通りに動けば大丈夫。サラもだいぶ強くなったしな」
「はい」
ふと思い立ち、懐にしまっていた青い石のはまった髪留めを出す。もうまとめられるかもしれない。そう思って髪をまとめてとめてみると、うまくいった。力が湧いてくる気がする。
隊列を組んで現場の両替商へ向かうと、情報通り第二分隊が店を包囲していた。もう何時間か経つので少し疲弊しているようだ。
リオンの班は裏口の担当だ。第二分隊と交代してリオンが指示を出す。
「俺とジェイク、トーマス、ガイが前衛だ。ステラ、マルコ、イーサン、サラは後衛で援護しろ」
指示通りの位置についてしばらくは何の動きもなかった。
陽もだいぶ昇ってきた。緊張が高まり、身体が疲弊する。
ピュウッと笛が鳴った。踏み込む合図だ。ワッと喚声がおこり、表の方で撃剣の響きがする。
すっとリオンが剣を抜いた。首を少しだけ捻って後ろを向き、「なるべく殺すな」と指示を出す。次の瞬間、バキバキッという激しい音がして裏口が破られ、賊が外へ飛び出してきた。
一番最初に賊の剣を受けたのはリオンだった。そのあと次々に前衛の班員が賊と切り結ぶ。そしてサラも斬りかかって来た賊の剣を受けた。一瞬衝撃でびりびりと腕が痺れたが、訓練のリオンに比べれば動きも遅く、ただがむしゃらに斬りかかってくるだけである。それがわかった途端、冷静になることができた。受けているだけではだめだと思い、太刀筋を見切って背後に回った。背中に思いっきり肘打ちを食らわせると、賊はうっと呻いて地面に倒れ込む。
よし、完璧。そう思って振り向くと、――あれ?
「おまえはノロマか小娘。雑魚にどれだけ時間かけてるんだ」
班員たちは既に賊に縄をかけてサラの戦いっぷりを見ていたらしい。リオンに至っては、四五人倒している。
「太刀筋を見る目は悪くない。無駄な動きが多すぎる。相手の攻撃を全て受けようとするな。剣が傷むだろうが」
「う…気を付けます」
「さっさと縛れ。城に連行するぞ」
サラが言われたとおりに賊に縄をかけていると、ガイがこそっと話しかけてきた。
「班長あんな風に言ったけど、サラが戦ってるの見ながら『ほお』って感心してたぞ」
それは感心してたのだろうか。
城に戻ると、アルヴィンが早速サラのもとへやって来た。
「よ。怪我もなくて何より」
アルヴィンの顔を見ると気が緩むのを感じた。彼の目がサラの髪の髪留めにとまり、すっと細められる。少しだけ頬が緩んで、ぎゅっとサラの肩を握ってすれ違った。
「俺より強くなるなよ。俺の立場がなくなるからな」
「少しは使い物になるようになったか」
背後から声をかけられ、剣を鞘に収めて向き直ると、リオンはいつものように眉間に皺を寄せていた。
「だが左の脇がまだ甘い」
言うだけ言って、サラが何も返事できないでいるうちに踵を返される。
「ステラ、そいつらを城へ連行する。隊列を組め」
「はい」
リオンの指示に答えたステラがサラの元へ来て耳打ちした。
「褒めてるんだよ、あれ。わかりにくいけど」
「ほんと、わかりにくいです」
ステラがくすくす笑ってサラのまとめ髪のほつれをなおしてくれる。
「随分伸びたみたいね。綺麗な髪留め」
「ありがとうございます。お気に入りなの」
盗賊捕縛の任を終えて城へ帰還すると、早速次の任務があると言うのでリオンが呼び出された。班員は広間で待機だと言われ、夕食がお預けになる不満をこぼしながらそれぞれ待機する。
さんざん待たされて完全に陽が落ちたころに扉が開いて、第三分隊の班長が三人入って来た。リオンが入って来るなり行儀悪く机に腰掛ける。アルヴィンとエルドレットがその傍らに立った。
「次の任務だ」
リオンがそう言った時、アルヴィンがちらりとこちらを見た。何だろう?
「十日後、貴族の集まる夜会が開かれる。その警護に第三分隊が出ることになった。密偵が紛れ込む恐れがあるそうだ。詳しい警護計画は後日沙汰するが――・・・」
説明していたエルドレットが言葉を切ってリオンを見る。リオンは相変わらずの鋭い剣呑な目つきでこちらに視線を向けた。
そこで下された命令に思わず抗議の悲鳴をあげたサラは、思いっきりリオンに拳骨を落とされるはめになった。
「ぎゃあぎゃあ喚くなクソガキ」
「だって班長。女装しろなんて無茶です」
「おまえ元から女じゃねえか」とアルヴィンが後ろで呟いている。聞こえなかったことにして無視だ。
リオンがじろりと上目遣いに睨んでくる。怯んだら負けだと思って立ち向かう。
「班長、私ドレスでダンスするなんて無理です」
「おまえの意見は聞いていない。命令だ。やれ」
暴君だ。最後の砦とばかりにステラを振り返ったが、彼女は「あたしは顔が割れてるの」と残念そうに言った。
サラに与えられた任務は、貴族の令嬢に扮して夜会に参加し、参加者の行動・言動に目を配るということだった。そういった輩は警備の騎士の前ではぼろを出さないからだ。
重要な役を任せて貰えるのは有り難い。しかし、田舎生まれのサラは正装で夜会に参加したことなどない。無茶である。
助けを求めてまわりを見ると、視界の隅に大笑いしているエドワードが入った。さらにとどめはアルヴィンだ。
「ダンスなら教えてやるぞ」
あんたも田舎生まれの田舎育ちのくせに、そんなのどこで習ってきたの。
誰も味方がいないことに気付いて、サラは深いため息をついた。
間違えて数話先のものを投稿してしまったので、置き換えました。
ご指摘いただいた言葉を訂正しました。(2013.11.2)