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幼なじみは騎士  作者: 細雪
本編
3/14

交流

 城に来てから「リオンは鬼だ」といろんな方面から聞くこととなったが、実際彼は鬼だった。特に訓練の時だ。

「目で追うなって何回言ったらわかるんだてめえ!」

 怒鳴られて足払いを食らい、サラは地面に転がった。見下ろしたリオンが「だから言っただろう」と吐き捨てる。

「剣の動きを目で追うな。隙だらけだ」

「はっ」

 サラが敬礼すると、リオンは「次!」と待機している騎士に怒鳴った。

 身体の埃を払って立ち上がり、待機組のもとへ戻ると「派手にやられたなあ」と声をかけられた。茶色の短髪の彼は、確かガイと名乗っていたはずだ。サラの二年ほど上の八十二期生だった気がする。

「うちの班長おっかないだろ」

「噂通りの人ですね」

 ガイがははっと笑い声をたてる。

「でも戦いになったらあんな頼りになる人はいない。アルヴィン班長やエルドレット班長より強いしな。リオン班長は信頼に値する人物だよ」

「ガイ!」

 もう一人班員のマルコを地面に転がしたリオンが振り返って怒鳴った。

「下らねえお喋りをしているところ見ると暇なようだ。来い」

 見つかっちまった、とガイが苦笑いを浮かべ、剣を抜いた。

 しばらく身体を休めると、またリオンに稽古をつけて貰うはめになった。ガイ含め、班員のほとんどがリオンに沈められている。それでもリオンは息も乱さず、休むことなくサラに向き合った。結果は推して図るべしだ。

 訓練が終わって食堂に行くと、エドワードに「どうしたんだよそれ!」と笑われた。

「笑わないでよ。ひどい顔なのはわかってるんだから」

「ひどい顔にも限度があるだろ。鼻にガーゼ貼ってる女初めて見たわ、俺」

 リオンにこてんぱんにやられたサラは、鼻に大きな擦り傷をつくった。医務に行くと、消毒して鼻に大きなガーゼを貼られたのだ。

 訳を話すとエドワードはますます笑いが止まらなくなったようで、終いには涙まで浮かべている。

 サラがむっとしていると、エドワードはやっと笑いを引っ込めた。

「ごめん、怒るなよ。どうしたの。何か言われたのか」

「別に。ちょっと自分が情けなくなっただけ」

 そうか、とエドワードの手がサラの頭に載った。

「お兄さんが話を聞いてやろう。ちょうどうまいワインがあるんだ。あとで一杯やろう」

 その申し出に甘えることにして、まずは食堂で夕食を食べた。シチューが口の中の切り傷にしみたが、しみてもおいしいものはおいしい。

 夕食の後にそれぞれ雑務を終わらせて、エドワードの部屋でワインを開けることになった。厨房でこっそり貰ったチーズを齧りながらちょびちょびワインを飲む。

「学校では私、剣術の成績そんなに悪くなかったと思うのよ。格闘術だって」

「そうだね。俺と互角だったし」

 ちらりと睨むと、エドワードは笑ってワインをそそいでくれた。

「それがまったく歯が立たないのよ。終いにはガキが騎士団ごっこでもやってるつもりか?なんて言われて」

「なかなか手厳しいなあ、リオン班長」

 チーズを齧ってエドワードが苦笑する。そうなのよ、とテーブルに突っ伏すと、「でもね」と頭の上から声がかかった。

「ここで気付けて良かったんじゃないかな。学校で通用しても騎士団じゃ通用しないってことが」

 エドワードの真面目な口調にサラは顔を上げた。彼は穏やかな顔でサラを見つめている。

「サラは学校じゃ優秀だった。そのまま自分は強いって思って実戦に出ていたら危なかったんじゃないかな」

 エドワードの言葉にはっとする。ワインに酔っていたのがすうっと醒めていった。

 学校の成績にこだわっていた自分も、リオンに厳しく言われてうじうじしていた自分も大馬鹿だ。

 サラは残ったワインをひと口で飲んでしまうと、グラスを置いて立ち上がった。

「ありがと、エドワード。すっきりした」

「それは良かった。あ、片付けはやっておくからいいよ」

「ありがと。じゃあおやすみなさい」

 手を振ってエドワードの部屋を出ると、ちょうど廊下の向こうからアルヴィンが歩いてくるところだった。彼はサラを見ると少し驚いたように目を見開いた。

「――・・・俺の記憶では、そこはおまえの部屋じゃねえと思うんだが」

「エドワードの部屋です」

「おまえ、飲んでるだろ」

「ワインを少しだけ。ちょっとエドワードに愚痴を聞いて貰ってたんです」

 アルヴィンが何か言いたそうに口を開きかけたが、サラはそれを制した。

「たいしたことじゃないので大丈夫です。もう戻らなきゃ。おやすみなさい」

 一礼して彼の傍をすり抜ける。明日からも頑張れそうだった。


 非番の日、サラは街へ買い物に行くことにした。ぼろぼろになった皮手袋や訓練着は騎士団の支給だが、普段使いの服などはそうもいかない。それに何かいいものを見つけて実家に送ってやりたかった。

 昼過ぎに街へ出て買い物をすませ、おいしそうなケーキがあったカフェで一服し、そろそろ帰ろうかと石畳の道を歩き出した時、角を曲がって来たアルヴィンとばったり――ぶつかりそうになるぐらいばったり――出会った。

 はっとして騎士の礼をとったサラに、アルヴィンはぱたぱたと手を振った。

「お互い非番なんだ。敬礼はいらねえ」

 買い物か、と訊かれてサラは頷いた。

「班長も買い物ですか」

「散歩だ。ずっと城の中じゃ息が詰まるだろ」

 時間があるなら暇潰しに付き合えと言われて、またこくりと頷く。

 買い物かお茶にでも付き合って欲しいのかと思ったが、アルヴィンは街を取り囲む城壁へ向かった。警備のため騎士が城壁の上に常駐しているのだが、サラはまだ上ったことがない。

 アルヴィンは警備の騎士に「邪魔するぞ」と軽く挨拶をして塔を上り始めた。城壁の上に出ると、彼は大きく伸びをして傍らのサラに眼下の街を示してみせた。

「ここに来ると俺はこの街を守るために働いているって実感が持てるんだよな。だから散歩に出るとよくここに来る。この時間に来ると夕陽も綺麗だしな」

「本当ですね」

 アルヴィンの隣で夕陽に照らされた街に目を細めていると、彼が頭にぽんと手を載せた。驚いて見上げると、アルヴィンが夕陽を見ていたサラのように目を細める。

「頑張っているみたいだな。リオンから聞いてる」

 あのリオンがアルヴィンに自分のいい評価を伝えているというのは正直信じられなかった。曖昧に笑うと「本当だ」と苦笑される。

「随分と短くなったなあ。騎士団学校に入る時に切ったのか」

「ええ。父さんと母さんを説得する意味も込めて」

 ふうん、とアルヴィンは首を傾げた。

「しかしサラが騎士になるとは思わなかったぜ。昔は木から落ちてぴーぴー泣いていたのにな」

「アルヴィン班長だって、昔はただのやんちゃ坊主でした」

 そう言うと、アルヴィンは照れ臭そうに笑った。それからおもむろに懐からくしゃくしゃになった紙袋を取り出し、サラにぐっと押しつけてきた。

「何ですか」

「おまえにやる。騎士団入団の祝いだったんだが、渡しそびれてて」

 開けてみると、青い石がはめこまれた髪留めが出てきた。綺麗だ。

「ありがとうございます」

「二人の時は敬語使わなくていいぞ。くすぐったくて仕方ねえ」

 そう言って、またサラの頭に手を載せて乱暴にかき回す。

「また 髪伸ばせよ。おまえの柔らかい髪、好きだ」

 こくんと頷くと、彼は満足げに唇の端を上げて笑った。

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