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幼なじみは騎士  作者: 細雪
番外編
13/14

敬愛40憧れ30恋30

リオン班長に焦点を当てたリオンとステラのお話です。

恋愛系というより、切ないお話になりそうな気がします。

「ステラ・ハイアットです。よろしくお願い致します、リオン班長」


茶色い肩まで伸ばした髪を揺らし、頭を下げたその 娘は、随分と幼い顔立ちをしていた。

新入りが入ると力量を見極めるために稽古をつけるのが習いになっていた 。大半の騎士をぼこぼこにしてしまうが、そこから 彼らの弱点を読み取り、その弱点を克服させることによって班の力量を上げていく。

誰が入ってきてもそれは同じだったが、今回は少し事情が違った。見習い騎士の時の上官からの報告では、「性格が騎士には不向き」だということだった。

それならそれで具体的に書けと思ったが、師団が違うので問い合わせるのも煩わしく、自分の目で確かめようと思ったのである。


結果的に、リオンはステラの剣を弾き飛ばし、それを拾おうとした彼女の首筋に剣を突き付けて決着を つけた。

彼女は悔しそうだったが、こちらとしては予想外の 高評価だった。彼女は自分の小柄な体格が弱点であること、逆にその体格を生かして俊敏に動けることが強みであることを知っていた。ただ、彼女よりもリオンの方が速く動くことができたため、彼女はリオンに敵わなかった。それでも、磨けば光る玉だと思った。

「悪くない」 と言うと、それがリオンにしては珍しい誉め言葉だと知らないステラは、曖昧な表情で頷いた。


ステラは、剣だけではなく他の面でも有能な部下に なった。気がきいて、書類整理も得意のようだ。何より、彼女が淹れる紅茶が美味い。

「おまえの紅茶には何か淹れ方があるのか」

不思議に思って訊ねると、彼女は楽しそうに笑った 。

班に入ってひと月ほどで、こういう寛いだ笑い方を するようになり、彼女が班に馴染んできているのが 手に取るようにわかる。

「班長のために心を込めて淹れるからおいしいんで すよ」

ステラはどうしても教えてくれる気がないらしく、 いつもそうやってかわされた。



一度、マルコがケーキを買ってきてくれたことがある。人一倍顔を輝かせているステラに、「いいから 先に選べ」と言うと、彼女は本当に悩ましげに迷いだした。 「早く決めろよ」 イーサンが茶々をいれると、 「じゃあイーサン先に決めて!」と言う。 「おまえが好きなの取ればいいだけだろ」 イーサンが答えると、ステラは困ったような顔をした。

「どれも素敵で決められないんだもの」

そんなに迷うなんて、よほどケーキが好物なんだな と思った。総じて若い女は甘いものが好きだから、 彼女もその部類だろうと。

結局イーサンに急かされたステラはアップルパイを選んだ。レモンタルトを食べながら彼女を見ると、 本当に幸せそうな顔をして食べている。その表情と 騎士の略装が不釣り合いなのがおかしかった。



ステラの問題が発覚したのは、それから少し経った時のことだった。ステラと二人で巡回中に、娘に乱暴しようとしていた男三人を見つけ、捕らえようと した時である。 男の一人がリオンに飛びかかってきた。あとの二人 は驚いたのか、捕まえていた娘の腕をナイフで切ってしまい、そのまま脱兎の如く逃げ出した。

ステラは固まった。逃げた男たちと切られた娘と、 巨漢の男を相手にするリオンの間で動けなくなって いる。

「追え!」

死に物狂いで襲いかかってくる男を拘束しようとも がきながら怒鳴ると、ステラは弾かれたように駆け 出した。


結果的に、逃げた二人は取り逃がしたが、襲いかか ってきた男を拘束できたことで残りの二人も捕まえられた。

執務室でリオンの前に立ったステラは、目に見えて萎れていた。最初に「申し訳ありませんでした」と 謝って以来、言葉を発しない。

騎士は、一瞬の判断の遅れが命取りになる。そんなことはステラもわかっているはずで、重ねて彼女に それを言うことに意味があるとは思えなかった。

「おまえのあれは癖か」

そう訊くと、ステラはこくりと頷いた。

ケーキを選ぶのに随分迷っていたことを思い出す。 買い物に行った時や外食をする時に、服やメニュー で迷うのは良い。ただ、それが癖になっていて咄嗟 の時に迷ってしまうのはまずい。 普段の生活から迷い癖をどうにかするように諭して 、その日はそのまま下がらせた。


見習い期間の上官が「向いていない」と評したわけがわかったが、だからと言って彼女を切り捨てる気にはならなかった。




「班長、来月の警護依頼の書類が来てます。誰を担 当にしますか」

書類の整理を手伝ってくれていたステラに訊かれて 、リオンはペンを置いて顔を上げた。

「うちの班から二人だったな。おまえが決めていい 」

「えっ」

何気なく言ったのだが、ステラはあからさまに固まった。


そういえばそうだった。


「まだあの癖は抜けねえのか。さっさと直さねえと 迷ってる間に屍になっちまうぞ」

「そ、そうですよね。ごめんなさい」

ステラはそう言ったものの、ペンを動かすことなく 眉間にしわを寄せてしまう。

リオンはため息をついて立ち上がると、彼女が向かっている机まで行ってその机に軽く腰かけた。

「おまえ昔からそんなだったのか」

「いえ、そんなことないです。小さい頃の方がしっかりしてました」

照れ臭そうにステラが微笑んだ。黙ることで続きを促すと、ステラはぽつぽつ話し出した。

「母が出て行っちゃったんです。あたしが十二歳の時に。出て行く前の日、母はあたしに訊きました。我慢して人のために生きるのと、自分のために生きるのはどっちが正しいと思う?って。あたしは、迷うことなく自分のために生きる方がいいと思うって 答えました。母は、そう、って答えてその次の日に姿を消しました」

ステラは少し困ったような笑みで話す。

リオンはいつものように無表情で聞く。

「あたし、怖くなったんです。あたしがあの時に答えたことで、母と父とあたしと、三人の人生が変わっちゃったから。あたしの答えで家族が壊れちゃった。そう思うと怖くて、慎重になったんです。そしたら慎重になりすぎちゃったみたいで……」

また照れ臭そうに笑ったステラが、恥ずかしそうに リオンを見上げる。

「馬鹿なんです、あたし。いろんなことに慎重になっちゃって、迷ってる間に好きな人が友達の恋人に なっちゃったりして。駄目ですよね、こんなんじゃ 」

癖というより、トラウマなのだろう。自分の決断や 行動で、取り返しのつかないことが起きた時に後悔の重さに潰されてしまうのを恐れている。治すには 、彼女の心に燻っているものをどうにかしなければ ならない。そしてそれは、簡単にできることではなく、自分には難しいーー……。


ふと思い付いて、自分の机に戻り引き出しを開けた 。それを掴んでステラの前に戻り、手を出すように言う。 不思議そうな顔で出したステラの掌に、異国のコインが落ちた。

ステラは真ん中に小さな穴の空いたそのコインを不思議そうに眺め、リオンを見上げる。

「迷ったらコインで決めちまえ」

そう言うと、ステラの丸い目がさらに真ん丸になった。

「コインで決めたら、その結果がどう転ぼうとおまえのせいじゃねえだろ」

根本的な解決になっていないその乱暴な案に、ステラは素直に頷いた。

その顔が何だか泣きそうに見えて、思わず柔らかな 茶色の髪に手を載せた。



それから、ステラがコイントスをしている場面をち ょくちょく見るようになった。 さらにしばらくすると、その場面を見ることが少なくなった。

ある日班のメンバーで執務室でなし崩し的なお茶会 が始まった時、ジェイクが余り物のアップルパイと チェリーパイを出してきた。

「好きな方選んで下さい。ステラ、どっちがいいんだ?」

部屋の隅でお茶を淹れていたステラが、首だけ振り返って「チェリー!」と即答した。

ティーカップを渡してくれたステラに、 「迷い癖、治ったのか」と聞く。

彼女は首元から華奢なチェーンを引っ張り出してみせた。あのコインが通されている。

「このお守りのおかげで、ましになった気がします 」

「確かに最近ステラが唸ってるところ見ないね」

トーマスが思い出したように言うと、イーサンが「 そうか?」と首を傾げた。 「昨日廊下でコイントスやってたぞ」

「あれは出掛けるかどうか迷ってたの……」

「でもだいぶ治ったんじゃないか?班長の荒療治は効きますね」

「おい、ジェイク。荒療治とはご挨拶じゃねえか」

「すみません、口が滑りました!ちょっと班長、目が本気で怖いですって!」

「ジェイクが要らないこと言うからだよ。トーマス 、アップルパイ取って」

「マルコてめえ!他人事だと思いやがって薄情者! 」

「いや、実際他人事だから仕方ないだろ。ステラ、 俺にも紅茶ちょうだい」

「このやろうイーサン!」

叫んだジェイクの腕をリオンが掴んだのを合図に格闘が始まる。

「埃がたっちゃうから隅っこでやって下さいね」

「ジェイク、班長に勝てたら酒奢るぞ」

「勝てるわけないでしょ。せいぜい怪我しないようにね」

外野がわいわい言うのを聞きながら、ジェイクの足を払って彼が体勢を崩した隙に投げる。

呻くジェイクを尻目に、リオンはようやくアップルパイとステラの紅茶にありついた。

「あたし、この班で良かったです」

紅茶を渡してくれたステラがくしゃりと笑った。

「ありがとうございます、班長。あたしを拾ってくれて」

その発言で、ステラが前の上官からの自分の評価を知っていたことに気づいた。

きっと、いつ騎士をやめろと言われるか、いつ要らないと言われるか不安に思いながら前へ進んできたのだろう。

そう思うと目の前の笑顔が泣きそうな顔にも見えて、柔らかい髪に軽く手を載せた。

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