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幼なじみは騎士  作者: 細雪
本編
12/14

存在

 サラとアルヴィンは交代で事情聴取を受け、後に受けたサラが解放されたのは真夜中近かった。疲労と眠気でふらふらになりながら部屋にたどり着いて扉を開けると、「よっ」と手を挙げてベッドに腰を下ろしたアルヴィンが迎えてくれた。


迎えてくれた?


「何してるの、アル」

「夜這い」


 サラは顔を赤くして眉をつりあげた。アルヴィンはくつくつ喉の奥で笑って、サラに手招きした。


「おまえに用事があったんだ。今日中に」


 アルヴィンの声が真面目な色を帯びたので、サラは彼の前に椅子を引っ張っていって腰を下ろした。


「俺、おまえに騎士をやめて欲しいって言っただろ」

「あの話なら‥‥」

「取り消す。あれ」


 はっきり言われて、少し胸の奥が痛んだ。もともとやめる気はなかったが、その話がなくなるということは彼がサラのことを想ってくれているということもなくなってしまうということだろうか。


その気持ちが顔に出ていたらしく、彼は笑って「そんな残念そうにすんなよ」と言った。


「俺おまえのこと見くびってた。おまえを危ない目に遭わせるのが嫌で騎士をやめてくれって言ったけど、今日実感した。おまえは立派な騎士だ。おまえには背中を任せられる」


今までこんなに手放しで褒められることはなかったので、何だかくすぐったい。最も認めて欲しかった人が、最も認めて欲しかった形で自分を評価してくれている。


ただ好きだと言われた時よりも頬が紅潮し、胸が高鳴るのを感じた。


「おまえいつの間にか強くなってたんだな。もう悪ガキに苛められて、俺のとこに泣きついてきてたサラじゃねえんだな」


そう言ったアルヴィンは少し寂しそうな笑みを浮かべている。以前、王都で彼を見た時にサラが抱いた感情と同じような想いを感じているのだろうか。


「アルに置いてかれないように頑張って強くなったんだよ」


サラの言葉にアルヴィンが目を細める。立ち上がってサラの前まで来ると、サラの両頬に手を当て、彼に似つかわしくない穏やかな表情でこちらを見下ろした。


「近々配置替えがある。もしかしたら、一緒に戦うことはできなくなるかもしれねえ」


サラは無言で彼を見上げた。彼のかさついた指が頬を撫でる。


「その配置替え、師団が変わるのも有り得るってこと?」

「そういう話だ」


もし師団が変われば、アルヴィンとは離れ離れになってしまう。表情を暗くしたサラの腕を引っ張って立たせ、アルヴィンが力強く抱き締めた。耳元で低く笑う声がする。


「騎士やめて俺について来たくなったか」

「それじゃ、いざという時アルの傍にいられないもん。いいの。もし離れても、アルの背中は私が守ってあげる」

「逞しいな、おまえは」


そう言ってアルヴィンはサラの髪に手を差し入れて唇を重ねた。


何度も何度も角度を変えて繰り返されるその間に、「疲れてるでしょ」とか「もう真夜中なんだけど」とか言って抵抗してみるが、「傍にいるうちにしとかねえと困るだろ」と強引に押しきられる。


抵抗するサラも、本気でやめて欲しいとは思っていないのだ。


頭がぼうっとするまで夢中でキスをして、ふらふらになったサラを苦笑と共にアルヴィンが寝かしつけてくれる。


「今日はこのへんで勘弁してやる。続きは今度な」


赤くなったサラの額に口付けて、アルヴィンはこっそり部屋を出て行った。


いつからあんな余裕ぶるようになったのか。普段武骨なくせに、どこであんな振る舞いを覚えてきたのか。そのあたりのことを今度エルドレットにでも探りを入れなければいけないと思った。








半年後、サラは城の廊下を走っていた。手には先ほど公示された配置替えが書かれた羊皮紙が握られている。掲示されたものだから本当は剥がしてはいけないのだが、そんな冷静な判断力はどこかへいっていた。というか、剥がしてくれたのはカイルでそれを見ていたエルドレットも止めなかった。


アルヴィンは食堂にいた。これはリオンからの情報である。朝食後のコーヒーを飲んでいる彼の前に仁王立ちになると、彼は驚いたように眉を上げた。


「何だよサラ。顔怖えぞ」

「新しい所属の通達が公示されました。ご存知でしたか」


わざと仕事中の口調で言うと、彼はしまったと顔をしかめた。


「あれ今日だったか」

「今日です。貴方には先に内示が出ていたとエルドレット様が仰ってました。ご存知だったんですよね?」

「落ち着け。おまえ今相当怖い」

「これが落ち着いていられますか!」


サラは公示された羊皮紙をバンとテーブルに叩き付けた。視線が痛いが気にしない。


「説明して頂けますか、アルヴィン分隊長」

「うわ、その肩書き堅苦しくて嫌になる」


本当に嫌そうに眉をひそめたアルヴィンが羊皮紙を取り上げた。


アルヴィン・フェアクロフ。肩書きは第一師団第二分隊長。


そしてその下に書かれているのは、サラ・アビントン。肩書きは第一師団第二分隊副隊長。


「異例の抜擢だよ、サラちゃん」


いつの間にか食堂にいたカイルがにこにこしながら言った。ちなみに彼は、第一師団第三分隊長になっている。


「エルドとアルと俺で分隊長を引き受けるのは早くに決まったんだけどさ、アルの手綱を握れる人がいなくって。エルドをアルの下につけるのも勿体無いしね。それで、サラちゃんならいけるんじゃないかってリオンが推薦したんだよ」


そのリオンは第二師団へ配置替えとなり、王都へ行くことになっている。師団が変わっているのはリオン以外ほとんどないので、何か事情があるのだろう。


先ほどアルヴィンの居場所を教えてくれた時に「王都に行っちゃうんですね」と言うと、いつもの鋭い目のままで「あいつらの墓参りを頼む」と言われた。彼のマントの裏には、班員のエンブレムが縫い付けてあるのをサラは知っている。


自分の胸元にあるエンブレムをビリッと取ってリオンに押し付けると、彼は僅かに眉を上げた。


「みんなと一緒に私も連れていって下さい。たまにはみんなに顔見せに来て下さいね。綺麗にしておきますから」

「言うようになったじゃねえか、小娘。帰って来て荒れていたら、足腰が立たなくなるまで稽古つけてやる」


リオンはサラのエンブレムを受け取って去って行った。


問題は目の前でにやにや笑っているこの赤毛の男だ。


「この半年間、もうすぐ離れるかもしれないからって脅してしんみりさせたのは何だったのよ!」

「嘘はついてねえだろ」

「だけど!変に盛り上がって馬鹿みたいじゃない」

「馬鹿みたいって何だよ」

「あんたの言うこといろいろ聞いて損したってこと!」

「サラちゃん、いろいろって何?」

「サラ、俺何も聞いてないけど」


カイルと、いつの間に来たのやらエドワードが興味津々といった様子で顔を覗き込んでくる。


アルヴィンは楽しそうににやにやしているが、サラはたまったものではない。カイルとエドワードを散らして食堂を出ると、アルヴィンがついてきた。羊皮紙を貼り直してくれるつもりらしい。


二人でそれを貼り直し、アルヴィンは感慨深そうに自分とサラの名前を指でなぞった。


「黙ってたのは悪かったけど‥サラ、これからもよろしく頼む」

「こちらこそ」


二人顔を見合わせて、少し照れ臭くなって笑うとアルヴィンも笑った。


「第三分隊、巡回の刻限だぞ」


通りかかったトリスタンに声をかけられ、並んで敬礼をした。お互いの体温を微かに感じながら職務へ向かう。


それを見送ったトリスタンは、微笑ましげに頬を緩めた。


彼らは、お互いの存在を糧にして強くなる。


それがどれだけ心強いことかを知っている歴戦の騎士は、小さくなっていく若い騎士が見えなくなってから自らの職務へ向かうべく歩き出した。

これで完結になります。

読んで下さってありがとうございました。

次はエルドレットの話を書きたいなーと思ってます。

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