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幼なじみは騎士  作者: 細雪
本編
10/14

後悔

 二十日ほどの遠征だったが、城に帰った時は武骨な城が懐かしくて数か月も帰っていなかったように感じた。さすがに帰ったその日は疲弊して夕食も食べられなかった。第三分隊と第五分隊には五日の休みが与えられたが、翌日の夕刻には死者の追悼式が行われた。


 棺に収められた仲間たちを包む炎の前で敬礼し、サラはじっと炎を見つめていた。斜め前ではアルヴィンが同じように敬礼して前を見つめている。その横に立つリオンは、目を閉じて敬礼していた。


 彼は今、何を考えているのだろう。共に戦って散って行った仲間のことか。それとも地下牢に繋がれたガイのことか。


 まわりで堪えきれないようなすすり泣きがあがり始めた。サラの隣でエドワードが静かに涙を流している。


 サラは涙が出なかった。仲間が死んだあの日は悲しくて寂しくて悔しくて涙が止まらなかった。しかし今は彼らがもういないという実感がない。ガイに裏切られたという実感もない。振り返れば、以前と同じように彼らが笑っているのではないか。また一緒に戦えるのではないか。そう思えて仕方なかった。


 追悼式の翌日は休みということに甘えて昼までゆっくり寝た。それから食堂へ向かおうと階段を下りて行くと、中庭にエドワードがいてぼんやりと訓練を眺めているのを見つけた。彼はサラが隣に来たのに気付き、少しだけ口元に笑みを浮かべた。


「怪我はどう。ちゃんと医務で診て貰ってる?」

「もう大丈夫。軽い脳震盪が起きただけだから」

「ならいいんだ」


 そう言ってエドワードはしばらく黙り、サラも並んでベンチに座っていた。


 中庭の向こう側にリオンが現れた。騎士に稽古をつけるように頼まれたようで、剣を抜いて向かい合っている。


「俺、ステラさんが好きだった」


 その様子を見ながらエドワードがぽつりと呟いた。


「でもステラさん、リオン班長しか見てないから。それを見守ってるのが俺の幸せかなと思ってたんだけど」


 リオンが騎士と剣を合わせている。リオンは余裕の無表情だ。


「今、後悔してる。例え届かなくても、迷惑でも伝えておけば良かった。伝えなくても、もっと話しておけば良かった。俺、あの人の思い出なんてほとんど持ってない――・・・・・」


 リオンが相手の騎士の剣を弾き飛ばした。


 サラはエドワードが膝の上で握り締めている拳にそっと手を載せた。


「おまえは」


 何かを堪えるような表情でエドワードがこちらを向く。


「後悔するな。俺みたいな想い、味わう必要ないんだから。俺、サラにどうしてアルヴィン班長に何も言わないんだって言ったけど、俺も同じだったんだ。俺も受け止めて貰えないのが、関係が壊れるのが怖かった。ごめん。俺、自分ができないことおまえに押し付けた」


 エドワードの自由の方の手が、エドワードの手に載せているサラの手を包んだ。


「自分勝手だけど、俺ができなかったことをおまえにさせるのは間違ってるかもしれないけど、俺みたいに後悔しないでくれ」


 彼に握られた手をきゅっと握り返して、サラは無言で頷いた。



 休みは与えられたものの忙しくしていないと余計なことを考えてしまいそうで、結局休みの間はずっと訓練に励んでいた。エドワードはあれ以来沈んだ様子を見せず、いつも通りふるまっている。アルヴィンやリオンは遠征の後処理で忙しいらしく、あまり姿を見なかった。


 休みの最終日、翌日の勤務表を確認しているとエルドレットが来てアルヴィンを見なかったか訊ねられた。見ていないと言うと、書類を部屋に届けるように頼まれる。それを持って執務室を訪ねたが彼はおらず、書類を置いて勝手にソファに腰を下ろした。用事は終わったので帰っても良かったが、何だかアルヴィンに会って帰りたかった。


 しばらくそうして座っていると、乱暴な音とともに扉が開いて足音荒くアルヴィンが入って来た。ソファにいるサラを見てちょっと目を丸くする。


「勝手に入ってごめんなさい。エルドレット班長に書類を持って来るように頼まれたの」

「ん、悪い」


 アルヴィンは机に置いてある書類を一瞥してサラの隣に腰を下ろした。「具合はどうだ」と包帯がとれた頭にちょっと手で触れる。


「もう大丈夫。医務でもちゃんと診て貰ったから」

「そうか。・・・・・ちょうど良かった。おまえを探していたんだ」


 サラが首を傾げると、アルヴィンはソファに深く身を沈めた。言葉を探すように視線を宙に彷徨わせ、それがぴたりとサラで定まった。


「俺、サラが騎士団に来てくれて嬉しかった。しかも俺を追っかけてきてくれたって言うしな」


 最後は声に少しからかうような色が混じった。


「なあ、サラ。おまえどうして騎士になったんだ」

「・・・アルヴィンと一緒に戦いたかったからって前言わなかったっけ」


 それは聞いた、とアルヴィンが低く笑った。

「何で俺と一緒に戦いたかったか訊いてるんだけどな」

「えっ」


 思わず怯んでアルヴィンの顔を見ると、彼は悪戯っぽく笑ってこちらを見ていた。

 懸命に逃げ道を探しつつ、ふとエドワードに言われた言葉が蘇る。しかし何も言えないでいるうちに、アルヴィンが次の言葉を紡いだ。


「俺が騎士になったのはおまえを守りたかったからだ」

「えっ?」


 素っ頓狂な声が出て、思わず口元を押さえる。アルヴィンがまた喉の奥で笑った。


「おまえが自慢に思えるような騎士になりたかった。おまえがいつでも頼りにしてくれるような騎士になろうと思ったんだ」


 予想外の告白にサラは返す言葉がなかった。アルヴィンが自分のことを思って騎士になったなんて考えたこともなかった。


「私は…アルがどんどん遠くにいっちゃうのが寂しかった。一回王都で会った時、立派になってて焦ったんだよ。綺麗な人と一緒だったし…」


 そこで彼に縁談があったことを思い出す。そのことを口にすると、彼は面倒臭そうに手を振った。


「あんなもん、師団長にどうしてもって言われて会っただけだ。何だよ、気にしてたのか」


 ものすごく気にしてました。


 それはさすがに認めたくなくて、曖昧に笑って返事を誤魔化す。


「とにかく。幼なじみとしてアルと一緒にいられないなら、騎士の仲間として傍にいたいなって思って」

「おまえにもう一つの選択肢を与えてやる」


 アルヴィンの手がぐっとサラの手を掴んだ。


「俺から離れないでくれ」

「離れないよ。一緒に戦いたいって言ったでしょ」

「そうじゃねえ。騎士をやめて俺の傍にいてくれ」


 サラはぽかんとして目を見開いた。意味がわからない。


「どういう意味?」

「俺はおまえを危ない目に合わせたくねえ。おまえに何かあったら堪えられねえんだ。おまえのことが好きだから」


 何を言われたのかわからず、頭の奥が痺れるような感覚だった。


 何も言えずにアルヴィンを見つめていると、彼の手が伸びてきてサラの頬を撫でた。そしてそのままそっと顔を寄せて唇の横に口付けを落とす。


 一度身体を起こしてサラがぽかんとしているのを確認すると、僅かに苦笑を浮かべて今度はちゃんと唇を重ねた。


 予想外の展開に抵抗できない。しかし、できてもしなかったような気もする。ただ彼のシャツをぎゅっと握っていると、彼はその反応に気をよくしたように角度を変えて何度も口付けてきた。


「アル、待って…」


 合間にやっと彼を止めると、彼の眉間に深い皺が刻まれた。


「何だよ」

「何っていうか、待って。急だからびっくりしちゃって…」


 アルヴィンの肩に置いていた手が彼によってどけられた。


「急じゃねえ。俺がどれだけ我慢したと思ってんだ馬鹿。エドワードと目の前でいちゃつきやがって」


 アルヴィンの手がサラをソファに押し付ける。


「いちゃついてなんかない。エドワードは友達よ」

「どうだか。この前だって中庭で手握ってたろ」

「あれはちゃんとアルに好きだって言うように諭されてたの。見てたなら声かけてよ」


 アルヴィンの唇が弧を描いた。


「俺に何て言えって?」

「だから、好きって・・・・・あ!」


 失言に気が付いたが後の祭りである。アルヴィンが耳元に顔を寄せてきて「早く言えよ」と楽しそうに促してきた。


 悔しくて言わずにいると、アルヴィンは焦れたようで仕返しのように強引なキスを再開した。


 空気が足りずに頭がぼうっとしてきて、それでもやめて欲しくない。アルヴィンの手がサラの髪に差し込まれて髪をほどいた。それすらも気持ちいい。


彼が僅かに離れ、熱に浮かされたような瞳でサラを見た時、自然に好きだと言葉が零れ落ちた。


 アルヴィンは満足げに笑みを浮かべてまたキスに没頭する。彼の身体に腕をまわして、サラも必死にそれに応えた。


しかし、彼にはちゃんと言わなくてはいけない。サラは理性を呼び起こしてアルヴィンの身体を押しやった。


「アル、私、騎士はやめられない」

「おまえに何かあったら俺はおかしくなっちまう」


いつもと違う掠れた声にぞくりとした。流されそうになる意識を懸命に奮い立たせる。


「私も一緒だよ。アルに何かあったら堪えられない。それなら私が傍でアルを守る」

「それで何かあったら俺が堪らねえんだ。頼むから大人しくしててくれ。あの森でおまえが倒れてるのを見た時みたいな思いはもうしたくねえ」


平行線だ。


そしてサラの反論は彼の口付けに呑み込まれた。この戦法はずるい。昔からアルヴィンはいつも強引で頑固なのだ。サラの言うことなんて聞いたためしがない。いつもサラが折れてしまう。今回も折れるわけにはいかないと思いつつ、彼を押し退けようとしていた手にはもう力が入らない。サラの敗けだった。

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