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幼なじみは騎士  作者: 細雪
本編
1/14

焦燥

 「アル!アルったらやめてよ!」

 必死に叫ぶ声は殴り合いの喧嘩をする赤毛の少年には届かない。彼は六人の年上の少年を相手に喧嘩をしていた。五人は既に地面に転がっていて彼が優勢に見えるが、彼の顔にはいくつも痣ができており、腕にも擦り傷があった。

「アル!いい加減にしてってば!」

 止めようとして彼に近付くと「引っ込んでろ!」と怒鳴られた。

 狼狽えて一歩退くと、彼は最後の一人を投げ飛ばしてパンパンと手をはたいた。

「よし、一丁上がりっと。怪我ねえか」

「うん・・・・・。でもアルが傷だらけだよ」

「なめときゃ治るよ。帰ろうぜ」

 焦げ茶色の瞳が優しげに笑う。手を差し出されて、素直に握った。二人で手を繋いで家に帰ったが、傷だらけで喧嘩をしたことがばれた彼は両親にこっぴどく叱られていた。


 サラとアルヴィンの家は隣同士である。アルヴィンはサラの五つ上で、よく遊んでくれた。サラが近所の男の子に苛められたり泣かされたりすると、決まってアルヴィンはその連中をボコボコにした。ただし、彼も擦り傷や切り傷を作って両親に叱られるはめになっていたが。

 アルヴィンが十五の時、彼は騎士団学校に入学することになった。三年学校に通って、十八の時に見習い騎士となり、第二師団に配属された。第二師団は王都の警護にあたる師団だったので、見習い騎士の二年間アルヴィンは王都に住むことになった。

 その一年後、アルヴィンが見習い騎士二年目の時にたまたま王都に用事があったサラは、家族と一緒に王都を訪れた。

「やっぱり王都は広いわねえ。明日は一緒に買い物に行きましょうね」

 サラの母は嬉しそうに王都を見渡す。サラも王都に来るのは初めてだったので、あたりをきょろきょろ見回していた。

 心のどこかで会いたいと思って探しながら歩いていたのだろう。商店街を歩いている時、見覚えのある赤みがかった茶髪を見つけた。胸がどくんと高鳴る。両親は彼に気付いていない。彼もこちらに気が付かない。どんどん彼との距離が縮まり、サラの鼓動もどんどん早くなった。

 その時だ。アルヴィンの前に一人の娘が現れた。彼女は頬を染めてアルヴィンに話しかけ、彼も柔らかい笑みを浮かべて応対している。

 どきどきいっていた心臓が、ぎゅうっと掴まれたように苦しくなった。思わず母の腕を掴む。

「母さん、あそこ見て。あの服素敵じゃない?」

「どれ?あらほんと。父さん、ちょっとあそこに寄ってもいい?」

「買い物は明日にするんじゃなかったのかい」

「あら、ちょっとだけいいじゃない。サラが服に興味を持つなんて珍しいもの」

 母は父とサラをぐいぐい引っ張ってサラが適当に指差した店に入って行く。店に入る直前、視界に談笑するアルヴィンが入った。その後母はその服を買ってくれたが、サラはどんな服だったのかも覚えていなかった。

 翌日、父が王都での用事を済ませている間にサラは母と買い物へ出た。母ははしゃいでサラにいろいろと買ってくれたが、どうしても気分が乗らない。

 お昼を食べるのに商店街のオープンカフェに入ることになり、母は嬉しそうにそこでもいろいろと奮発して注文した。食後にコーヒーを飲みながらケーキをつついていると、母が「あらまあ」と素っ頓狂な声をあげた。王都に来てから母の「あらまあ」はよく聞くので、特に反応せずにケーキをつつきながら「どうしたの」と訊ねる。このレモンタルトはなかなか絶品だ。しかし、そのレモンタルトは次の瞬間台無しになるところだった。母が叫んだ「アルちゃんじゃないの!」という言葉に驚き、コーヒーを上に零しそうになったのだ。何とかその惨事は食い止めたが。

 顔を上げると、母と同じぐらい驚いた顔をしたアルヴィンがこちらへ歩いてくるところだった。彼はサラの記憶より背が伸びており、逞しくなっていた。「アルヴィンといえばやんちゃ坊主」という印象を持っていたサラは、立派になったアルヴィンを身近に見て正直驚いた、それと同時にまた胸の奥がもやもやするのを感じた。

 アルヴィンは二人の前でにっこり笑った。いつの間にこんな笑い方をするようになったのだろう。

「おばさん、サラ。こんなところで会うとは思わなかった!」

「あたしもよ、アルちゃん。立派になったわねえ。背もだいぶ伸びたんじゃなぁい?逞しくなったみたいだわぁ」

「騎士団学校でだいぶ鍛えられましたから。おばさんは変わりませんね。サラはちょっと髪が伸びたんじゃねえか」

 アルヴィンと母は話が弾んでいる。母が故郷の話をすれば、アルヴィンが騎士団学校でのことを話す。サラはレモンタルトをつつきながら聞き役に回っていた。

 その話を遮ったのは、通りの向こうからやって来た騎士だった。名前を呼ばれ、談笑していたアルヴィンがすっと表情を引き締めて彼に向き直って敬礼した。その姿をかっこいいと思ってしまう。

「あっちで喧嘩だ。人手が足りないから応援に行け」

「はっ」

 もう一度敬礼して、アルヴィンは母とサラに向き直った。

「おばさん、サラ。トラブルがあったみたいなので行ってきます」

「気を付けてね、アルちゃん」

 アルヴィンは手を振って駆けて行った。サラは黙ってそれを見送る。

 このままだと、アルヴィンはどんどん遠くへ行ってしまう。小さいころからずっと一緒だったのに、置いていかれてしまう――・・・。

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