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1 続いていく問いかけ

 ごめん、(ひめ)()。やっぱり俺、彼らを殺すよ。



 静かで暗い洞窟に、橙色の灯りが見えてくる。彼らの声が聞こえてくる。

 ビダカイス渓谷最奥部はほぼ一本道となっていた。見上げるほど天井が高くなった空間は、(あきら)たちの前で大きく左に曲がっていた。(彼ら)は、この先にいる。


 敵。死してこの異世界に連れて来られた者たちであり、二十代も半ばの晃から言わせれば普通の子どもでしかない少年少女たち。すなわち『転生者』。

 味方。異世界に棲み、転生者たちを討ち滅ぼすために命を散らす、人ならぬ生命たち。すなわち『魔物』。

 牙も鋭い四足獣を数十体従え、(いつ)()晃は転生者との決着の時を迎えようとしていた。


 仲間の一匹であるダダハの背から降りた晃は、腰に収めた短剣を抜き、魔物たちの先頭に立って歩き始める。複雑な岩の隆起を内包する洞窟内では、靴音や魔物たちの爪音が耳に違和感を覚えるほど反響する。

〈アキラ〉

 魔物のリーダーが呼ぶ。

〈まずはてめぇに全て任す。好きなようにやってみやがれ。てめぇの指示があるまで俺ぁ仲間を動かさん。いいな〉

 晃はうなずき、短剣を握っていない手に意識を向ける。詠唱態勢、と晃は心の中でつぶやいた。心臓から新たな血管が生えて体外と繋がったような、不思議な感覚が体を巡る。一瞬、周囲の音が遠くなる。


『いよいよですかな。あなたがその力を(ふる)うときは』


 脳に直接響く声で、傲然と語りかけてくるものがある。

 それは晃と、晃の大事な人に、この世界で生きることを強要した理不尽の元凶。すなわち『神』。

『我があなたに与えた究極魔法は、我との特別な繋がりを示す証。いわば世界と繋がる魔法です。単に魔力の一部を掠め取ったに過ぎない彼らには抗う術がありません。事は一瞬で終わるでしょう。ああ、非常に楽しみです』

「少し黙っていろ。あんたとの会話で、力を無駄遣いしたくない」

 晃がそう応えると、すぐに『神』は退いた。同時に胸の奥で感じていた解放感が遠ざかっていく。


 岩場に手をかけ、道を曲がりきる。転生者たちの姿をついに視界に捉えた。

 肉厚の片刃剣や流麗な装飾が施された槍を握る五人の少年少女の姿が、魔法の灯りに照らされていた。男二人、女三人のパーティだ。最初に晃の姿に気づいた青年が常の口調で話しかけてくる。

「あっ、先輩。マジでここまで来てたんですね。さっき依葉(よりは)に聞いて、びっくりしてたとこなんですよ。困りますよ、依葉を脅かすなんて。こいつ、見た目通りに怖がりなんですから」

 青年は軽く笑う。彼の隣に立っていた少女は、晃と視線を合わせることなく青年の背中に隠れた。怯えている、というより、晃を避けているように見えた。

俺たちを殺す(・・・・・・)だなんて、そんな冗談笑えないっすよ。ねえ先輩」

 晃は目を細めた。短剣を手に持ったまま、魔法の灯りの中に足を踏み入れる。次いで魔物の群がゆっくりと姿を現す。

 この状況の意味がわかるかと青年を睨むと、彼は一筋の汗を流した。

「えと、あー。うん、はは。な、何の冗談っすか、先輩」

 困惑の声を出す青年の傍らで、他の少年少女たちも互いに顔を見合わせていた。晃は短剣を持った手を背中側に引き、半円を描くように横から前へ動かした。「奴らを囲め」という、魔物たちへの指示だった。

 広い洞窟内、一定の距離を保ちながらじりじりと移動する魔物たち。統制の取れた動きにわずかばかりの恐怖を感じたのか、青年は少し苛立った様子で声を上げた。

「先輩。晃先輩。黙ってたらわかんないでしょうが。なあ、ちょっと!」

「偉そうな物言いだな。龍斗(りゅうと)

 晃が口を開くと、青年は言葉を詰まらせた。驚いているのだ。晃は龍斗のことを常に『(たか)(やま)君』と名字で呼んでいたから。


 少女のひとりが言った。

「え、なに? これイベント? うそっ」

 イベント。ストーリーの進行を彩る演出。そういった意味を言葉では知らなくても、龍斗たちの顔を見て悟ったのだろう。晃の傍らに立つダダハが歯ぎしりをした。

〈我が同胞は、こんな小僧どもに殺されたのか〉

 血を吐くような怨嗟の唸りは、晃の脳裏に幾重にも(こだま)する。

〈こんな奴らに、我らは何度となく敗れてきたのか!〉

 晃はダダハの頭に軽く触れた。その仕草を見た少年が得心してうなずいた。

「なるほど、これは仲間が魔物に乗っ取られて敵対するってパターンか」

 途端、他の転生者たちが騒ぎ出す。

「こういうの好きじゃないのに」

「あっちの防御力ってどうせ三桁ちょっとだよね」

「えー。あたしの攻撃力じゃ確実に殺しちゃうよ、あのセンパイ」

「おい。もちっと穏便な会話してくれ。ああはなっても一応俺の先輩なんだぞ」

「そうだよ、たまには慎重に。ね?」

「はいはい。よりりんはリュウさんに甘いんだから」

「そ、そんなことないよぉ」

 楽しそうだった。無理もない。彼らにとって、この世界は(・・・・・)ゲームそのもの(・・・・・・・)なのだから。

 晃は思う。今なら魔物の気持ちが痛いほどわかる。彼らの無邪気さが、憎い。

 『神』が作ったこの世界で晃の悲願を達成するためには、この感情を剥き出しの力に変えなければならない。


 晃は大きく息を吸い込んだ。

「詠唱態勢」

 晃がつぶやいた瞬間、彼の心臓を中心に金色の光が現れる。豆電球ほどの小さな光だ。ほぼ同時に『ピッ』と、この世界では不釣り合いな電子音が響く。龍斗たち全員の眼前にディスプレイが出現した。

「攻撃力、『800』?」

 そこに記された数字を読んだ少女が戸惑いの声を上げる。

 『神』から授けられた詠唱の文句は晃の中に刻み込まれていた。言葉が自然に浮かんでくる。

「世界樹の子から狭間の神へ。聞け、俺はビダカイス渓谷にいる。これをもって【(はん)(かい)】とする」

 ――攻撃力『3000』。

 直後に桁を増やした数値に龍斗たちが凍りついた。皆、ディスプレイに目が釘付けになっている。龍斗たちの防御力はおよそ『4000』。確実に彼らにダメージが通る値だった。

「俺の前に立つ者を見ろ。数は五。全て敵性として認める。これをもって【()(ばく)】とする」

 ――『7500』。

「ちょ!? 待って! なにこれ、どういうこと!?」

「俺が知るか! 捕縛魔法(バインド)は!?」

「ああ、待って。すぐやるから。えっと、えっと」

 慌てふためく彼らを晃は感情のこもらない目で見据えた。攻撃力『7500』。龍斗たちにしてみれば、これほどの力をぶつけられることは未知の体験なのだろう。この一撃は彼らの生命値の半分、いやそれ以上を削る。

 だが晃の詠唱は止まらない。

「交信の確認、良し」

 ひっ、と誰かの押し殺した悲鳴が聞こえた。ディスプレイに表示された数値は『21000』。

「魔力の全て、ここに【廻溢(かいあい)】」

 ――『46000』。

 誰かが尻餅をつく音がした。洞窟内が晃の発する黄金光で染め上げられる。その光に照らされ、引きつった龍斗たちの表情がはっきりと見えた。呑まれている。無機質な数値がこの世界での真実を表していると信じている彼らだからこそ、完全に、呑まれている。

「うそ。うそよ。冗談、キツイってば! こんなの聞いてな」

「今、俺は敵を討ち滅ぼすと【決諮(けっし)】する」

 震えたか細い声を遮り、晃は最後の詠唱に入る。呼応するように魔物たちが遠吠えを始めた。幾重にも反響する不気味な咆哮が鼓膜を打ち付ける。依葉が耳を押さえて(うずくま)った。

「い、いやああああっ!」

「依葉! しっかりしろ!」

「リュウさん、怖いっ! 助けて!」

「くそっ。おい先輩! (いつ)()(あきら)! てめえ、ふざけんなっ! いますぐ止めろ!」

 捕縛魔法も、補助魔法も、対魔法防御姿勢も取らず、ただただ龍斗は怒鳴った。理不尽な暴力に対する怒りに溢れている。その表情を見た瞬間、晃は全身の血液が沸騰するかのような錯覚を抱いた。


 君が、それを、言うか。

 与えられた力を、奪い取った力を、何の疑いも躊躇いもなく使い尽くしてきた君たちが。

 何度も忠告され、約束をし、それでも破ってきた君たちが。

 止めろと、ふざけるなと言うのか!


 晃は泣いていた。泣きながら大きく息を吸い込んだ。

「聞き届けたならばッ、応えよ! 是か! 非かッ!」

 龍斗の怒声を晃の詠唱が飲み込む。魂の叫びは洞窟を越え、地を越え、空を越え、遙か時空の狭間の『神』に届く。

『是とします。さあ、世界樹となるに値しなかった彼らへ、せめてもの存在意義を与えるのです』

 詠唱が完成した。

 最終攻撃力『90000』。彼らだけ(・・)を消し炭と化す究極の魔法が今、晃の手の中にある。晃は感情を抑えようとして、失敗した。

 獣のように叫んだ。


「これで、夢から、覚めろッ!」


 黄金の光が、究極の魔法が、無音の炸裂を起こした。





 光が収まった。晃は思い出したように目元を拭い、涙を払った。そしてゆっくりと表情を消していく。

 周囲は再び漆黒の闇を取り戻していた。人の身である晃には、龍斗たちの姿をはっきりと捉えることができない。

 するとダダハが小さく唸り声を上げ始めた。同時に地面の上で何かが動く気配がする。

 次の瞬間、照明魔法が放たれて岩場を橙色に染めた。


 ――転生者の中で残ったのは、装備品を根こそぎ破壊されてうずくまる龍斗ただひとりだった。


 照明に照らされた龍斗は呆けた表情をしていた。その姿は変わり果てていて、片腕を失い、全身の肉をごっそりそぎ落とされたようにやせ細っていた。死相と表現してもよいほど、顔全体が土気色になっている。辺りをゆっくりと見回す際も体が左右に揺れ、目付きが怪しかった。

 龍斗が作った灯りで、魔物たちの様子も晃の目に映るようになる。晃も、ダダハも、魔物たちも、そして洞窟内部も傷一つついていない。ただ龍斗を除いた転生者たちが全員、一人残らず、跡形もなく吹き飛んでいた。


 現実が把握できていない様子の龍斗を睨み、ダダハがさらに唸る。

〈まだ生きているぞ。どういうことだ〉

「仕留め損ねたみたいだ」

 晃は唇を噛む。何か特殊な防御魔法を張ったのか、晃の力に何か不備不足があったのか、それとも――『神』が何かを仕組んだのか。

 いずれにせよ、このままにはしておけない。


 魔物の唸り声や晃の声が耳に入ったのか、龍斗の瞳にわずかばかり正気の色が戻る。途端、リアルの痛みに呻き声を上げながら彼は腰を上げた。ゆっくりと近づいていく晃の手に短剣が握られていることを目にして、龍斗は半狂乱の状態で叫んだ。

「うわあっ、来るなっ、来るなぁっ!」

 ずきり、と胸の奥が軋んで痛み、晃の足が止まる。

 次の瞬間、龍斗の体は緑の光に包まれ姿を消した。後には消えかけの光球(照明魔法)が所在なげに漂っていた。


 先程まで龍斗が立っていた場所の匂いを嗅ぎ、ダダハが悔しげに唸る。

〈無詠唱の転移魔法か。奴め、まだそんな力を隠し持っていたか。我らでは追跡は難しい。さっさととどめを刺すべきだったな〉

「……」

〈おい、アキラ。どうした〉

 不審そうにこちらを見上げるダダハ。晃は無言で首を振り、目を瞑った。

 歯を食いしばったのも束の間、彼は魔物たちを振り返る。右手の短剣を頭上に掲げた。

「転生者は排除された。俺たちの勝利だ」

 魔物たちの咆哮が洞窟内に響き渡る。雄々しき声を全身に浴び、一瞬だけ誇らしげに口元を緩めた晃は、すぐにその笑みを消した。

 これから先、自らが望む幸せを手に入れるまで幾度となく繰り返されるであろう問いかけが、晃の脳裏に浮かび上がる。




 これは正しい選択だったのだろうか、と。





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