夏空に響く俺たちの歌声
俺たちに与えられる青春はあまりにも儚い。
気が遠くなるほどの陰気な生活。この苦行を終えると、憧れの舞台が待っている。だがそのときには、終わりの暗闇が目前まで迫っているのだ。
この束の間の舞台を花で装飾するには、とにかくスピードが肝要だ。魅力のある女性には、迅速かつ熱烈に言い寄るのが俺たちのセオリー。
告白は決まって歌唱により行われる。複数の男が女を取り合う場合には、歌声によって女の心を最も魅了した者こそが、輝かしい青春のチケットを掴み取る。
夏の日差しに炙られるような森の中。俺の正面にはミンと名乗る男が憮然と立ちはだかっていた。その後ろで怯えたように視線を彷徨わせるのはカナさん。
決闘を見るのは初めてなのだろう。ましてやそれが、自分を賭けて行われるものとなれば戸惑うのは当然だ。
「ホ、ホントに勝負するんですか……?」
「ああ、俺はこの男を倒してカナさんを幸せにしてみしぇ……みせる」
声が震えてしまった! 告白など初体験のことだ、やはり俺も緊張している……。
しかし、対峙するミンは自信に満ちた態度。
「フン。身体が震えているじゃないか。そんな状態では満足に歌えないだろう? 諦めたまえ」
不遜な物言い。こんな男がカナさんを幸せに出来るものか。分かっているのか? カナさんを幸せにするのは俺だけだ。それを歌唱で証明してやる。
「で、では……わかりました」
カナさんの表情が毅然と引き締まる。
そして、愛する女を賭けた青春の歌合戦が幕を開けた。
歌声を上げたのはミン。その声は力強いが、どこか柔らかさがあって美しい。敵である俺でも、油断をすると聞き入ってしまうほどに。
「ああ、こうしちゃいられない」
残すところなく想いが伝わることを祈って歌を奏でる。
勝っているのか? 劣っているのか? 声量は?
次々と不安が頭に浮かぶ。
周囲にはいつしか仲間たちが集まっていた。飛び交う声援。絶え間なく、誰しもが歓声を上げている。どこからだろう、リズムに合わせて土を踏み鳴らすような音まで聞こえる。
視線を移すと、歌声を吟味している様子のカナさんが目に入った。
森を裂くような歓声は、今や爆発的なものとなった。
絶対に負けられない。夏空の下、歌の拳を交える男の決闘__。
死闘の果てに俺は、花咲き乱れる青春を手にした。
健闘を讃えて笑い合う俺とミン。そして、恒久の幸せを祝福するかのように微笑むカナさん。
温かく柔らかな桃色の光がゆっくりと視界を埋めた。
__いいや違う!
頭を振って幸福な妄想を消し去る。すると同時に広がったのは、またしても桃色の光景。
決戦の最中に突如として少年、いや、悪魔が現れたのだ。
「セミ取り」という言葉を口にすると、悪魔は汚らわしく醜い手でカナとミンを捕らえてしまった。そうして、唖然としている俺の前に飛び散ったのは桃色。
無残に引き裂かれたカナの肉体。そこから咲き乱れる桃色。
花に囲まれた青春をたしかに俺は熱望していた。だがこんな、肉片の散る地獄絵図を望んではいない!
以前、電撃チャンピオンロード「真夏の戦士たち」に応募した作品を、手直ししたものです。ご一読いただきありがとうございました。批評、指摘などお待ちしております。