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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第一章 争奪戦(7)

 放課後になると、ソージはすぐさま下校する。といっても自宅に帰るのではなく、クライアントから依頼の詳細を聞き出すために、会いに行くのだ。

 彼が向かった先は、船渡市の中心からやや外れたところにある、古ぼけた喫茶店だ。外観・内装ともにレトロな店造り。店内にはアンティークのシックな色合いの家具が取り揃えられていて、照明もそれに合わせた淡い暖色系のものになっている。

 入口の扉を開けると、呼び鈴がチリンチリンと音を奏でる。まだ夕方の営業時間には早いためか、店内に人影はまばらだ。ソージは慣れた足取りで店内へと入ると、クライアントと待ち合わせ場所にしていた、表通りが眺めることが出来る窓側のボックス席へ足を進めた。

 指定の場所には、すでに先客がいた。

 まわりからはどこか浮きがちになりそうな腰まである長いストレートの黒髪に、ほっそりとした体つきが印象的な少女だ。見慣れた制服を纏っているから、船渡高校の生徒であることは間違いないが、そんなことはどうでもよかった。そんなことよりも注目すべきなのはまだ幼いその瞳に、どこか暗闇めいたものを宿していることにあった。

「初めまして、森崎春奈といいます」

 その春奈と名乗る少女はソージの方を見て、いささか戸惑いを隠せない表情をみせたが、彼が迷わず向かいの席に座ったことを確認すると自己紹介をした。

 ソージは春奈のことをしげしげと見つめて思わず、

「ずいぶん若いクライアントだな。ってか、うちの高校? まさか女子高生のコスプレが趣味じゃないよな」

 不躾な視線を浴びせられて、春奈は不満を露わにする。

「随分と失礼ねっ! 両親から礼儀を教わらなかったのかしら」

 どうやら向こうっ気が強い性格らしい。

「生憎とうちの両親はいまごろ天国で、悠々自適な暮らしを満喫してる最中でね」

「そう。それは奇遇ね。あたしも身寄りがいないの」

 この時代に至っては、両親がいない子供――孤児――も増加の一途を辿っていた。親の中には《化身》から我が子を守るために、自分の命を捧げるものも少なからずいたのだ。

「それで依頼内容を確認させてくれ。……なんでも書き込めない内容らしいが」

 何回かメールでやり取りをしたが、直接会ってからでないと話せない内容らしい。それでも事前に料金プランの説明は済ませてあったので、なにも問題はない。彼にとって春奈は大事な顧客であり、同い年の友達とは認知していなかったからだ。

「いいけど、そのまえにあんたって強いの? あたしと同い年くらいよね」

「あー……、まずはそこから説明しないとな」

 疑われるのも、まあ当然のことだろう。

 無許可で無資格のいわゆる違法者なのだから。

 免許証がないと不便だなと思いつつ、ソージはこの喫茶店のマスターに目配せをする。ウェイター姿の長いひげを生やした仙人の姿のような老人が、気取った仕草でグラスを拭く手を休めて、こちらへお盆を持ってくる。

「まずこれを見てくれ」

 マスターがどんっと音を立てて置いたお盆には、いかつい拳銃がのせられていた。

「ピストル……っ?」

 突然の出来事に春奈は口元に手を当てる。彼女に知りようもなかったことだが、いま目の前に置いてある自動拳銃は、AM社によって開発された世界初のマグナム弾を使用することが出来るもので、オートマグⅢという強力なシロモノで、またの名を『ボディアーマー・キラー』といった。

 目を丸くしている春奈を尻目に、ソージは慣れた手つきでそれの撃鉄を上げ、銃口を大通りへと向けた。そして窓越しに街路樹へと照準を定め、それを発砲する。レトロな店内に銃声が轟いた。

「正真正銘、ホンモノだ」

 銃口から硝煙をのぼらせながら、彼は淡々と説明する。

『ボディアーマー・キラー』から弾き出された銃弾は、街路樹へと突き進むかのように思われたが、そうはならなかった。喫茶店のニ重に埋め込まれた防弾ガラスが、それを防いでいたようだ。喫茶店のくせに防弾ガラスであることに、春奈は眉をひそめる。さらに奇妙なことは、この店の客たちは、店内で銃声が聞こえたというのに、これと言って驚く様子もなく当たり前のようにくつろいでいる。どうやら、ここはそういうブラックな喫茶店らしい。

 マスターが白い眉を吊り上げる。

「ヒビが入ったガラスは交換するから、あとで課金しておくぞ」

「……サービスにしてくれねーのか?」

「次に説明するときは、床下でも撃つんだな。床板なら、穴が空いても埋めるだけじゃから」

「ケチんぼっ!」

 そんな間の抜けたやり取りをしながら、どこか恐怖に引きつった表情をしているクライアントへ、ソージはこう告げた。


「じゃあ次はこれで俺を撃ってみてくれ!」

 

 当然のことながら、少女は一瞬何を言われたのか分けがわからずに凍りついた。

 いくらモノリス・ハザードにさいなまれていると言っても、日本社会で銃火器を携行することは許可されていない。それが撃滅師であるならどうかは知らないが、多分目の前の少年は違法だろう。いや、それどころか店内で平気で発砲するこの男子高校生はいったい!?

 ことに混乱極まれりといった春奈の脳内では、もはや礼儀もへったくれもなかった。

「……あんた、頭の中、大丈夫? ……脳みそが溶けてるとかいわないわよね」

「言わねーよ、それになんも問題ねー。ってか、なんかショックだ……」

「だって、いきなり撃ってくれっていうもんだから。どう考えても、クスリとかやってるアブナイ人にしか見えないでしょうが。……それとももしかして、もう逮捕歴とかあったりするの? 現在進行形のアル中だとかは?」

「わしなら容赦なく撃つぞい。こいつなら、死にゃあせんよ」

 人生経験の豊富そうな老人のどこか説得力のある声に、春奈は意志度大きく深呼吸したあとで、冷静さを取り戻した。

 落ちついて考えてみれば、いまあたしの目の前にいる不躾な少年は、人類に仇名す天敵と戦うことができる、撃滅師なのだ。そう考えたら、老人がわたしに引き金を引かせようとするのも納得できるというものだ。

春奈は震える銃口をソージに向け、一度深く躊躇ったあと、ゆっくりと引き金を引いた。彼女は自動拳銃で人間を撃つことに、ものすごい抵抗を感じたのだろう。銃声がしたとき、思いっきり目を閉じていた。

掃きだされる薬莢と銃声。瞬きする暇もなくm目の前のこいつに向かったはずの銃弾。

怖くて目を瞑っていた春奈が、恐る恐る瞼を上げる。そこにはテーブルの上に突っ伏したまま動かなくなっている死体が存在していた。

「うそ……、やだっ……。死んじゃったの……っ!」

 取り乱す春奈に、マスターが言う。

「むっ。……わずかばかりの生涯を経て少年は天国へと旅立ったんじゃな。きっと天使は生かしておくよりも、こうやって幕引きをさせた方が、こやつにとって幸せだと思ったんじゃろうな。うむ。なんとも慈悲深い天使じゃ。神はときとして救われない人間に安らぎという名の死を与えることがある」

「あ、あたしは、天使なんかじゃありません――」

 むしろ、男子高校生の姿が存在していた。

 春奈はそのどこか暗闇めいたものを宿らせた瞳に、大粒の涙の雫を浮かべた。……殺すつもりなんてなかった。撃滅師だから死ぬはずがないと思っていた。ケーサツでもそう証言すればいいのだろうか。あたしの人生は、これからどうなるのだろうか。

ひっくひっくとしゃくり上げた呼吸を響かせながら、彼女は涙ながらに自供を始めた。

「こ、殺すつもりなんて……、なかったんです。ホントです。信じてください。ホントのホントなんです。だって、この人がいきなり撃てって言うから……」

 涙ぐみながら供述する春奈。

「いーや、お嬢ちゃん。わしはあんたがその拳銃で小僧を殺すところをしかと見ていたぞ。そのココロに十字架をしっかりと胸に刻んでおくべきだ。まあ。なにも警察に通報するとはいっておらんよ。うちはご覧の通り、やばい取り引きとかも行われる店だしな」

 そう言いながら、マスターは気を利かせたつもりなのだろうか、テーブルの上におひやを置いた。だが彼女にはコップの水を飲み干す余裕すらなく、どうすれば自分が罪に問われないか、周りに信じてもらえるかどうか考えることで頭がいっぱいだった。


 そんなときだった


 死体の指先がぴくりと動いたかと思うと、うつ伏せになっていた上半身が勢いよくむくりと起き上がった。

「……ってな感じで、死んだフリ。どうだ、驚いたか。…………なっ!」

 陽気に生き返ってみせたソージの視界に広がったのは、まるで見てはならないものを見てしまったかのような驚愕に支配され、殺意を込めてこちらに銃口を向けてくるクライアントの姿だった。

「いやああああああっ! 生き返らないでっ! ちゃんと死んでちょうだいっ!」

 心底叫びながら、しかし確実に銃口をソージに向けて引き金を引き続ける春奈。まるでゴキブリを相手にする主婦の如く、彼女は戦う。

「うわわわわ――っ! ば、馬鹿っ! おまえ、どこみて銃乱射してるんだよっ!」

 ソージがチカラで狙いを逸らしたため、辺りかまわずばら撒かれたマグナム弾は、木製の椅子やテーブルを容易く貫通していく。そんな彼の傍らでは、マスターが冷静に春奈のことを分析する。

「いや。素人にしては見事というべきだろう。……筋がいいな、このお嬢さんは。まるでゾンビでもみたかのように驚いているのに、引き金を絞るときの銃口は、すべておまえさんの方を向いておる。こいつはたまげたな」

「たまげたのは俺の方だ。……とっとと正気を取り戻せっ!」

 全弾撃ち尽くし、拳銃のスライドが後退したタイミングを見計らって、ソージがきんきんに冷えた水の入ったコップを、春奈に向かってぶちまけた。

「もう、なにするのよっ! びしょ濡れになったじゃない」

 水のせいで、べったりとへばりつく髪と衣服の感触に不快を露わにしながらも、なんとか春奈は正気を取り戻す。

「おまえが危うく、俺を殺すところだったからだろうが」

「……そういえば、あんた、生きてるわね」

「ああ。……最初のアレは、死んだフリ。やっぱこっちも商売として撃滅師やっているからさ。お客さんには最大限のパフォーマンをして、どんどん口コミとかで集客率をふやさないと……」

 喜々としてマスターが口を挟む、

「だが最近は、こういうおちゃめなノリの客がいなかったからのう。ひさびさに腹から笑わせてもらったわ。それにしてもマガジンひとつ分の銃弾を容赦なく撃ち続けるとはのう。将来が楽しみなお嬢さんじゃ」

 どうやらグルだったらしい。

「ちょっとマスター。そいつを言ったら、俺のクライアントに失礼だぞ。……そうは言っても、まさか死んだ人間が甦ったら、こんどは喜ぶどころか口封じを謀るとはな。こいつは天性の犯罪者の才能があるかもしれないぜ」

「こらこら、小僧。それは注意しとるんじゃなくて、お嬢さんを馬鹿にしているようにしか聞こえんぞ」

 そんなことを言いながら、今度は急に二人で申し合わせたかのように、腹を抱えて笑い転がった。店内には、この上もなく無遠慮で不躾な笑い声が響き渡る。

 これは殺人という罪悪感に苛まれた少女に対し、その感情を怒涛のような怒りへと昇華させるには、十分な行為だった。

「……マスターさん、予備のマガジンとかってあるかしら?」

「ほれ。ここに……」

 マスターはいまだに思い出し笑いをしながらも、オートマグⅢに新たなマガジンを装填し、すぐに銃弾の発射できる状態にして、春奈に手渡した。

 そんな様子を見て、ソージが言う。

「なんだなんだ。……こんどは拳銃使い(ガンスリンガー)にでもなるつもりか?」

「いや。ここはアメリカ開拓時代に〈平原の女王〉の異名をとった女ガンマンー――カラミティー・ジェーンじゃろう」

 ふたたびげらげらと笑う不作法者たち。

 春奈は冷静にソージの額に狙いを定めながら、今度は躊躇なく引き金を引くことができた。


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