第一章 争奪戦(6)
午前中の授業が終わり、生徒たちの喧騒感が漂う時間になると、ソージはコンビニ弁当に箸をつけながら、携帯からネットサイトへアクセスする。そのサイトは撃滅師に仕事を依頼することが出来るもので、合法・非合法であろうと、撃滅師を名乗るものなら、誰でも登録し依頼を受けることができる。ソージはその中から、自分の都合にあった依頼がないか探す。
この世界で一番手っ取り早い金儲けの手段は、撃滅師として依頼を請け負うことだと、ソージは確信している。虚幻世界で野垂れ死ぬ可能性も否定できなくはないが、それを補って余りあるほどの収入を短期間で手にすることができ、年端もいかない高校生にも、依頼を遂行するチカラがありさえすれば何も問題ないというのは大きなメリットだ。
「……見あたらねえな」
どれもこれもロクでもない依頼ばかりだ。
やれ海外の何処其処へ行って、巨大なモノリスの中にいる《守護獣》を倒してこいだとか、やれ何処其処の要人が虚幻世界に捉われたまま帰還しないから、そこへ行って救出して来いなど、彼の希望の条件を満たすものではない。
ソージの第一条件は、自宅からなるべく近い位置に出現したモノリスであるということだ。そうでなければ移動に時間がかかり過ぎて、妹といられる時間が減ってしまう。条件を自宅から三時間以内に変更して検索したが、見あたらない。……いや、今しがた更新されたばかりの新しい依頼が出現した。詳細は不明だが、ちょうどこの近くで、クライアントと面接するときに明らかになるらしい。
「こら、学校で携帯を開いちゃいけないんだよ」
不意に声をかけられたソージは、驚いてケータイを床に落としてしまった。その拍子になにかの弾みで依頼を引き受けることになってしまったが、まあ仕方がないだろう。
「……心に余裕がない貧乏人は、校舎内でも開いてもいいことになってるんだ」
ソージはケータイを拾いながら、やや不機嫌な表情で凛の方へ目をやった。
「そんなひねくれたことばっか言って……」
凛はやれやれと思いながら、しかし気を取り直して告げる。
「ジャッジャーン、今日はあんたに仕事を持ってきたの。……はい、これ」
彼女は一枚のA四用紙を取り出し、机の上に置いた。それを手にとってソージは目を通す。
「なんだこれ? 避難訓練のインストラクター……?」
いつどこで発生するともしれないモノリス・ハザードに対する備えだ。落ちついて焦らずに退避することが望まれるのは、建物火災と同じだろう。ただし、こちらは猛火ではなく、《化身》という殺戮者に追われるのだが……。
「この近くの学校でおこなわれるんだけど、《化身》との戦闘訓練がある人を必要としているみたいよ。現場の声ってやつが聞きたいんだって」
なるほど。二時間程度の講習で、受給額は三○万円。なかなかの好条件だ。
「おまえはいかないのか?」
「あたしはこれでも神宮司家の娘なの。そんなことしてたら、他の家からお笑い草になっちゃうわよ」
「旧家の出身も大変なんだな」
そういってソージは、詳細に目を通す。実施場所の船渡中学校は、かつてソージも通っていたし、現在は奈々が通っている。もしかしたら、奈々の学校生活を覗き見ることができるかもしれない。千載一遇のチャンスだ。日取りは……むっ――
「サンキュー。……だが、悪いな。これはパスだ」
「どうしてよ?」
「この日は奈々の誕生日なんだ。早めに返ってお祝いの準備をしなくちゃならねー」
それに差し当たってお金が必要なのは、この日以前だ。当然報酬は、翌月締め以降になってしまうから、奈々への誕生日プレゼントを購入する資金に充てることができない。こんなことになるなら、マンションを購入するのを遅らせるべきだった。
「ソージってシスコン!?」
兄バカ発言丸出しなもんだから、凛でなくとも口にしたくなるだろう。
「……そこはかとなくムカつくんだけど」
心外な様子のソージ。
「なにが不満なのよ。有体に言っただけじゃない」
「『シスコン』じゃなくて、『妹想い』って言ってくれ」
「似たようなものじゃないの」
「だが、微妙にニュアンスが違う気がする」
「はいはい。そういうことにしておくわよ」
彼女は当てが外れたようで、誰か別のインストラクターを探す必要があることをぼやきながら、ソージのもとを離れていく。そんな彼のもとには、新しいクライアントからの電子メールが届けられていた。