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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第一章 争奪戦(5)

(いい風だな。お空の散歩には絶好だ。ぜひ妹と一緒に行きたいぜ)

 船渡高校のニ年三組の教室の中から、ソージはなよなよのほほんと頬杖をつきながら澄んだ空を見上げていた。

 この前の争奪戦を繰り広げたのが、先週の土曜日のこと。

それから二日後の週明けの月曜日になれば、ソージは平凡な高校生として教育を受けるために学校に通う。日本全国にモノリスが出現したという情報があれば、先刻を争ってその場所に飛んで行くが、出現が確認されない日の方が遥かに多い。異界の存在と戦うことができる撃滅師といえど、まだ高校生なのである。

(ちゃんと奈々は学校に着いただろうか)

 朝一緒に家を出た妹に対し、彼は想いを馳せる。

 もしかしたら、行く途中でヘンなおじさんに声をかけられて……。いや、それでなくともあの容姿なのだ。周りの通行人からもナンパされてしまうだろう。もしかしたら同じ中学の父兄にお茶に誘われてしまうからもしれない……。

許せんっ! そんな不届きな輩がいたら、俺がこの手で成敗してやるっ! その後、ソージは頭を抱える。携帯メールで安否を確認するべきだろうか。いや、これは警察に通報するべきなのか。だが、当てになるだろうか? うちの妹の天使のような美貌に惑わされて、例え警察官であっても……。ああ、なんてことだっ!

 当然ながら、過保護な兄の思い過ごしである。

 ソージが馬鹿げた妄想に取りつかれていると、不意にカチリと撃鉄の上がる音がした。そちらを向くと、船渡高校指定の制服を纏った碧髪碧眼の少女が、こちらへ向けて自動拳銃を突きつけていた。

「このまえはよくもやってくれたなっ!」

 時雨はあからさまに不機嫌な顔で睨んでいた。

「……なんのことだか、さっぱりわからないな」

 そう言って、ソージは視線をふたたび窓の外へと移す。まるで小鳥のさえずりが聞こえてくるような、のどかな朝の一幕が広がっていた。その仕草が時雨をさらに不快にさせる。

「とぼけるなっ! そもそもの原因は貴様だろう」

「隙がある方が悪いだろ。それに見ろよ、この清らかで眩しい青空を……。こんなときに殺し合いでもすんのか?」

「殺し合いではない。仕返しだっ!」

「いや、どう考えても殺し合いだろ。それ、ガバメントじゃねえか」

「……新型のエアガンだ」

 そう言いながらも、時雨は拳銃を引っこめた。

 これを機にソージはそつがなく話題を転換する。

「おまえはいいよな。おカネに困らなくて……」

「何の話だ?」

「俺はパートナー契約してないから、このまえみたいに贅沢な道具を使えないんだぜ」

「贅沢な道具……?」

「ありゃ、覚えてねーのかよ? このまえの最後の攻撃なんだけど」

「…………っ!」

「なんだよ。思い当たる節があるじゃんか。……ミサイルとかミサイルとかミサイルとかな」

 時雨の表情があからさまに曇る。いまさらになって考えてみると、対戦車ミサイル(ATM)を人間に対して使用するのは、どう考えてもやり過ぎだった。

「……まあ、仕返しの件はいいだろう。……わたしは大人だからな」

(大人が同級生に向かってミサイルをぶっ放すかよ)

 どうやら時雨は要件が済んだようなので、席に着くだろうと思ったが、まだ続きがあった。

「それと……。貴様がわたしの上履きを隠したのか?」

 よく見れば、時雨が履いているのはスリッパだ。校章である銀杏の葉のロゴが描かれた来賓用のやつで、歩く度にペタペタと音がする。

(なんか、心当たりあるんだけど……。なんだったっけな)

 ソージが思い出そうと頭を捻らせていると、教室の入り口に凛の姿があることに気づいた。こちらも制服姿でスカートを履いていたが、膝から下は絆創膏だらけ、擦り傷だらけだ。おそらく体中の至る所に細かな傷があることだろう。

 凛が教室のゴミ箱の中へ、なにやら上履きのようなものを捨てるところを、彼は垣間見てしまったが、このことは黙っておこうと胸に刻んだ。

 心もちスッキリといった表情で凛がこちらへ寄ってきた。

「こらっ、ソージ。時雨と付き合ってばかりだと頭イカれるわよっ!」

「俺は妹一筋だから、他の女は眼中にねーよっ!」

 凛はソージではなく、本当は時雨に用事があるらしい。あえて彼女を挑発することを口にしたのがその証拠だ。

凛に向かって、時雨がさも不快気に言う。

「話の腰を折るな。わたしがいまソージと話してるんだっ!」

「戦争ボケ女は黙ってなさいよっ!」

「ボケてなどいない。ただ心が常に戦場にあるだけだ」

「それを戦争ボケって言うのよっ!」

「平和ボケした貴様らなど言われたくはない」

 時雨がさもエラそうに告げる。

「そもそも貴様らのような、高校生の撃滅師が《化身》との戦闘に介入すること自体、間違っているんだっ!」

 まるで自分は高校生でもないような言い方だが、彼女も十七歳、現役バリバリの女子高生である。しかし時雨の場合は、この面子の中では一番のベテランであるから、それを言う資格があるかもしれない。幼くして政府機関によって育てられた彼女は、専門の訓練を積んでいる戦闘のエキスパートだ。

 もっともそのために、知識が軍事方面に偏ってしまい、女子高生らしい趣味はこれといってない。唯一それらしいものといえば、ポッキー(チョコレート味)に異常な執着をみせることだろうか。

 上履きが見つからないことに腹を立てたのか、時雨はポケットからポッキーを取り出すと、みんなのまえでハムスターのようにカリカリと食べ始めた。甘い香りが辺りに広がる。

「あんただって、あたしたちに毛が生えたようなものじゃないのっ! あたしがその気になれば、食べ物に毒を混入して、あの世へ行かせることだってできるんだからね」

 お菓子の甘い香りに鼻孔をくすぐらせながらも、凛はしっかりと反論しておく。ここで時雨の鼻っ柱をへし折っておかなければ、先日お風呂に入るとき、お湯がものすご~く傷にしみたときの苦痛の代償を払わせたとはいえない。

 時雨は凛の睨みつけるような視線を受けると、

「いつでもかかってこい。撃墜被撃墜率キルレシオはニ千対一ぐらいだろうからな。わたしがおまえをニ千回倒すまでに、わたしは一回倒される計算だ。彼我の戦力差は圧倒的だ。おまえには敗北しか残されていない」

 やけに緊張が高まったので、ソージが割って入る。

「おいおい、人の机の前で騒がないでくれよ。迷惑はごめんだぜ」

「迷惑ってなによっ! 迷惑って! ……大体にして、ソージがいけないのよっ! なんであたしが倒した《化身》の《核石》を奪って、とっとと逃げたのよっ!」

「ちがう。倒したのはわたしだ」

 いがみ合う二人に食ってかかられるソージ。

 それでも彼はしれっとしながら、

「だって、奪った方がローリスクでハイリターンだろ。Aランク二人と違って、俺はGランクの撃滅師なんだぜ」

 撃滅師のランク付けは最下位がFまでで、Gランクは存在しない。

つまりは、ソージなりの皮肉だった。

「あんたがおカネにばっかり、がめついからでしょうがっ!」

「うちの家庭の事情は知ってるだろ」

「だったら真面目に働け。わたしのようにな」

 淡々とした口調の時雨。

「パートナー契約者にそういわれるとなんか説得力があるな」

「そうよね。時雨、あんた給料いくらもらっているの?」

「……労働の対価など、いまはどうでもいいことだろう」

 時雨はやや言葉を逃がすが、ソージはそれでも追求の手を止めない。

「その対価のために労働している人間に向かって、よくそんなことが言えるな。金は正義で権力なんだぞ。……いいからとっとと吐け」

「……そこそこ貰っている」

 正直に言うと、年収一億などゆうに超えてしまう報酬だ。

 かなりぼかしてから時雨は切り返す、

「だが、わたしは貴様を試験運用部隊にスカウトしたはずだぞ。無許可での自営業など、とっとやめて、わたしの部隊と専属契約を結べとも伝えたはずだ。なぜ断るんだ?」

「そりゃ、妹と過ごす時間が減っちまうからな」

「妹!? 妹だと……っ!」

 ソージに妹がいることを知った途端、時雨は嘆声を張り上げた。まるで敵の大群に包囲されてしまったかのような衝撃に満ちた顔だった。

 ソージは首を捻りながら、凛に尋ねた。

「どうしたんだ?」

「時雨は子供好きなのよ。っていっても不器用だから、自分からは近づけないけど」

「うちの奈々には触らせないぞ!」

 大好きな妹は、ソージの独占物だ。

 少なくとも彼の脳内ではそうなっている。

「わたしはお前の妹と面識はないが、可愛いのか?」

「………………」

 ソージの意志など、もはや関係ないらしい。

「可愛いのかと訊いているんだっ!」

「そりゃ眼に入れても、痛くないぐらいにはな……」

 余りの迫力に気圧されて、ソージは仕方なく答える。

「そうか。ならこの話しは、やはりなかったことにしよう」

 真剣な表情で問い詰められたあと、時雨はひとりでに納得してしまう。ソージはいささか肩すかしを喰らった気分がした。

「ソージ、それだったらあたしのとことパートナー契約を結びなよ。あたしのところだったら、フレックスタイムで完全自由裁量の仕事が出来るように取り計らえるわよ」

「いやだってお前の家は……」

 ソージは露骨に嫌な顔をする。

 凛の実家は、神宮司家という伝統ある魔術師の家系だ。そことパートナー契約するということは、裏社会の派閥争いに巻き込まれる恐れがある。ソージは首を大きく横に振った。もしかしたら、俺だけでなく大事な妹にも危険が及ぶ恐れがあるかもしれない。

「俺はフリーランスを気に入ってんの」

 そうソージが嘯くと、時雨も口を揃える。

「オカルト女のところにこいつをいかせるわけにはいかないな。将来の我が隊のルーキーに手を出すのはやめてもらおう」

「誰がオカルト女ですって!」

 ありのままの事実なのだが、凛の癪に障るようだ。

「どう考えても貴様のことだろう。以前出くわしたときなど、食人植物に〈シャーリーン〉などという名前を付けてでていたじゃないか!」

「あんたにそんなことを言われる義理はないわよ。どうしてあたしの趣味にまで口を出すのよ」

「……一般人としてのモラルの問題だろうぜ」

 喰われそうになったソージもそこは同意する。……さすがに〈シャーリーン〉は似合わないだろう。

「ちょっと、ソージまでそんなこといわないでよ。この戦争ボケ女にそんなモラルがあると思ってるの?」

「馬鹿にするな。オカルト女よりはある」

 いがみ合う時雨と凛。

「どっちもどっちだろうに……」

 ソージがぼさっと呟いた。

 すると途端に、

『あんたもよっ! /貴様もだ!』

 二人からの批難の的にされる。

 実際。ソージの道徳心も、あやしい点が見え隠れしていることは否定しようもなかった。


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