第一章 争奪戦(4)
最近になってソージが分割払いで購入した3LDKのマンションには、一人の中学生くらいの少女の姿があった。
どこかの西洋人形を連想させる容姿で、陶器のようななめらかな肌に、栗色でややカールのかかった髪をしている少女だ。顔立ちはその者の心の清らかさをあらわしたかのように端正で、見る者の心を穏やかにさせ、どこか安らぎを与えるような輪郭をしている。
玄関の鍵が弄られる音が聞こえると、少女はソファーから腰を上げ、音のした方へ歩いていく。戸口にはソージの姿があった。
「よう、奈々。元気にしてたか」
ソージが陽気に声をかけたが、奈々は言葉を発しない。ただ天使のような笑顔を振りまいただけだった。
ソージが笑顔で言う。
「そうかそうか。それはよかった」
奈々が返事をしなくとも、彼はそれを気にかける仕草すらみせない。もう慣れている。そんなことよりいまは自分の大事なこの妹に頬ずりしたい気分だった。
(ふっふっふ。今日は稼ぎもまずまずだし、なによりかわいいうちの奈々ちゃんがこうして出迎えまでしてくれた。くう~~、なんて俺はツイてるんだ。いますぐにでも抱き締めたい。だが……それは犯罪だ。セクハラだ。く……っ、なんて世界は意地悪なんだっ!)
どうにか妄想で我慢しながら、ソージがリビングのソファーに腰掛けると、奈々はお湯を沸かしにキッチンへと向かって行った。どうやら、温かい紅茶を注いでくれるらしい。
「おいおい、べつに気を遣わなくてもいいんだぞ」
俺はおまえと一緒に入れれば、それでかまわない。いや、むしろそれさえ出来れば、明日超巨大隕石が地球に降ってこようとも、世界規模の天変地異が起ころうともどうでもよくなるだろう。
ソージにとってそれほどまでに奈々は大事な存在らしい。
奈々が紅茶の入ったティーカップをテーブルの上に置いた。彼女はやはりなにも喋らないままだ。口を開こうともせず、ソージと向かい合うようにしてソファーにちょこんと腰かける。
(ふっふっふ、ふふふふふふふっ……、はっはははははは――)
いまのソージの心境はまるでこの世の全てを手に入れた大魔王のようであった。この世界で俺に不可能なことなど、なにもない。
彼にとって妹と過ごす時間は、この世界でなによりも尊い時間であった。
マンションに帰ってきてからというもの、病的なまでにゆるみきった表情でにやついている兄の姿に、奈々はすこしだけ心配する様子をみせた。その瞬間、ソージの顔がすっと引き締まる。
「喋れなくたって、俺はおまえのことを嫌いになんかならないよ」
奈々の心配そうな表情を勘違いしたソージは、まるで生涯の伴侶となるべき異性を口説くかのような、心の通った優しい言葉遣いで語りかけた。
「だって、世界で一人しかいない家族なんだからな……」
さま変わりした兄の態度に奈々は一瞬きょとんとしたが、どうやら兄に異常がなかったことを悟ると、天使のような頬笑みを浮かべていた。