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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第一章 争奪戦(3)

 突っ走って逃げるのは、ソージの常套手段だ。風のチカラを借りることで、そこいらの異能者よりも遥かに速く逃走することが出来る。逃げる彼の前方に、黒曜石のような輝きを放つ直方体のモノリスが現れた。ソージはなんの躊躇いもなく、その物質に触れようとする。

 触れる直前に、どこかで銃声と悲鳴が入り混じった声が聞こえてきたが、問題ないだろう。時雨と同様、あれで凛も一応はAクラスの撃滅師なのだから。

 なんとも言えない奇妙な感覚にソージの体が包まれる。体が粒子に分解されるような細かくになっていく感覚とでもいうのだろうか。それでいて苦痛を伴うものではなく、むしろどこか安らぎさえ覚えてしまうものだ。

 わずかな暗転。

 いつの間にやら場所は同じだが、まわりの景色に人間の存在が追加されていた。辺り一帯には、なにかしらの装備を纏った人の姿がある。それは現代火器から魔法杖ワンドまで豊富なバリエーションで、服装もそれぞれ個性的なものだ。どうやら現実世界に戻れたらしい。ソージはひと仕事終えて安らいでいる撃滅師たちの中を掻き分け、知り合いの闇商人へ急いだ。

「こっちだ、ソージ。待っとったぞ」

 人混みの中を歩いていると、向こうからシャガレ声をかけてきてくれた。

その人物は、まるで中国の仙人かのように、白髪混じりで、口元に白ひげを蓄えた老人右の頬には十字傷があり、若い頃は傭兵部隊で働いていたらしい。

「マスター、探したぜ」

 ソージは愛想よくほほ笑みながら、露店を構えている老人のもとへ歩み寄る。マスターというのは、その老人のあだ名だった。こことは別の街の片隅で、小さな喫茶店を営んでいるのでそう呼ばれている。

「そいで、本日の戦利品はどうじゃった?」

 そこで売られているのは、食べ物や飲み物いった類のものでなく、もっと暴力的なものだった。銃火器や、高性能プラスチック爆薬といった現代兵器があると思えば、なにかしらの効果がありそうな宝石や、魔導書らしきものなどが所狭しと置かれている。

「わかってんだろ。俺はこれでもプロなんだぜ」

 そう言って、ソージは大事そうに握っていた《核石》をどんっとテーブルの上に置く。その文句なしの大きさと輝きにマスターは目を見張った。

「おお、上物じゃないか。どうやって入手したんだ?」

「わかってんだろ。あんまり野暮なこと訊くなよ」

「……そんなことじゃから、《ハイエナ》と呼ばれるんじゃよ」

「イイってことよ。俺ん中じゃ最高のほめ言葉だね」

 そんなやり取りをしながら、マスターは慎重な眼差しで《核石》を鑑定し始める。この《核石》というのは、不確定情報の集合体で、例えるなら玉手箱のようなものだ。その球体の中には、現代の科学力を遥かに上回るハイテク技術が込められているかもしれないし、古代に失われた高度な魔術術式が込められているかもしれない。その反面、ありふれた料理のレシピだったり、歯の上手な磨き方が込められていることだってある。

 もっとも情報を《核石》から抽出するには専門の機材が必要で、この場ではマスターが大きさや、光沢などから独断と偏見を交えて審査してくれるのだ。認可を受けた撃滅師なら、迷わず専門機関へ依頼するのだが、あいにくとソージは無許可営業なので、それもできない。

「まあ、今回はこれが相場というところだのう」

 鑑定を終えたマスターが札束を無造作にソージへと手渡す。闇取引は現金取引がルールらしい。

ソージは期待に胸を弾ませながら、壱万円札の束を数えはじめた。

「ひぃー、ふぅー、みぃー……――。マスター、これちょっと足んなくないか?」

 どうやら金額に不満があるようだ。推定でも八ケタを越える大金を握っているはずなだが、金額の高さに緊張するどころか、手慣れた様子だ。

「相場だと言ったじゃろう。どうもおまえさんは、《核石》を捌くということを甘く見ているようじゃな。とっとと撃滅師の試験を受けて、資格をとったらどうじゃ? いつまでも無許可のフリーランスなんて、割に合わないぞ。近ごろは企業と提携する撃滅師もいるそうじゃないか」

 苦情を言われたのが心外だと言わんばかりの様子で、マスターはしかめっ面を浮かべた。

 だが不満ありげな様子をしているのは、ソージも同じだ。

「試験には、カネもかかるし、時間もかかるんだよ。そんな余裕があったら、すこしでも妹と一緒の時間を過ごした方が、俺の生活はより充実したものになるんだ。……そういえばさ、もうすぐうちの奈々の誕生日なんだけど、なんか掘り出しもんとかってない?」

 ソージは諸事情により二つ年の離れた妹との二人暮らしで、最近になってから分割払いでマンションを購入したため金欠気味だった。それでも彼は妹のことになると、手を抜く様子はない。

「上得意様からの頼みとはあっては、無下にするわけにはいかないが――」

 そう言うとマスターは腕を組んで考え始めた。

 なにか言いたげなのだが、伝えるべきかどうか悩んでいる様子だった。

「なんだよ?」

「おまえさんの妹さんな。……一番欲しいものはたぶん、お金で買えるものじゃないと思うぞ」

 流石に長年生きてきただけのことはある。ソージのような特殊な家庭環境では、家族と過ごす共有の時間が一番大事だと思ったのだ。

「お金で買えないもの!? 虚幻世界の産物っていうことか……?」

「ふむっ。まだまだ尻の青い小僧じゃのう」

「?」

まあ、伝わらなくてもいいのだろう。これから学んでいくことだろうしな。マスターはひとりで勝手に納得していた。老いぼれの助言などより、明日への糧としてマニーが必要なのもまた事実だ。


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