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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第四章  From Venoms to Drugs(8)

「……他人事だったから、着地する方法を考えてなかったな」

 頭からビルに突っ込んでしまった仲間の姿を見ながら、ソージは呟くように言った。まあ、凛のことだから大丈夫だろうとなんとなく思いながら……。

 片目を破壊されて痛みに悶え苦しむ《ヨルムンガンド》は、体のあちこちを傍にあるブル群にぶつけながら暴れ回った。相当の苦痛なのだろう。彼は巻き込まれないように珍重接近し、さらにもう片方の目にも真空刃を浴びせる。

「喰らえッ!」

命中。致命的な一撃だろう。彼の放った風の刃は、もう片方の深紅の瞳を切り裂き、潰しまわるようにそこで荒れ狂う。さらに悲鳴を上げることとなる大毒蛇。その巨躯を破壊神として導いてきた光を失ったその姿は、無残なものだった。血に飢えた双眸からは、涙のように紅い体液が滴っている。この瞬間。ソージは自分たちの勝利を確信した。これでやつからはこちらの姿が見えなくなる。

 だが……それは油断でしかなかった。

「ぐ……っ!」

 その蛇頭は寸分も狙い違うことなく、彼へと突き進んだ。すかさず風の障壁を展開したが、それでも勢いに力負けし、彼の体はアスファルトへと叩きつけられることとなる。口の中に広がる錆びた鉄の味。しかし、その味を噛みしめられることが、まだ己の生存を確認させることとなる。

「くそっ。……ピット器官か」

 口から血の塊を吐きだし、口許を袖で拭う。

 あのデカブツがどうやって下水道からこちらを狙えていたのかを見落としていた。勝利を確信した際の慢心というやつだろう。『頭脳プレイ』が売りの自分としては恥ずかしい限りだ。体力はもう限界だろう。持久戦覚悟でチカラを抑えながら戦ってきたが、そろそろ超能力の方も尽きようとしている。それに対して、《ヨルムンガンド》の体力は底しれぬものがあった。

 苦痛から持ち直した敵が、こちらへ向かって猪突猛進してきた。

 もはやなりふりかまわず、ソージ一人を徹底して攻撃するつもりだろう。万事休す。慌てて彼は起き上がり背を向ける。その拍子にふとしたものに気づいた。蓋が外れたまま、地下深くへと繋がる通り道。マンホールだ。

「……《ハイエナ》の売りは、逃げ足ってことか」

 なにかの閃きを得た彼はそのマンホールへ勢いよく飛び込んだ。大急ぎで懐中電灯を取り出し辺りを照らす。壊れていないか心配だったが、なんとか灯りがついた。暗闇の中を儚い明かりだけを頼りに彼は逃げ惑う。すでに鼻が麻痺していて、汚物があるにもかかわらず、その臭いは不明だ。ここの下水道は規模の大きなもので、点検管理用の歩道に沿うように進んだ。

 そのすぐ後に、後ろから大質量の物体が勢いよく落下して音が聞こえた。水が弾け飛ぶ音が掻き消されるくらいの巨躯が地下に潜ったのだ。狙いは……俺だろう。想定の範囲内。あとは時間との勝負。ソージは後ろを振り返らず走った。

「へっ、デカブツのくせに動きはいいな」

こちらが全力で走っているにもかかわらず、向こうはつかず離れずの距離を保つだけで精一杯ではないらしい。《ヨルムンガンド》はこの閉鎖空間で毒霧を吐きだしてきた。逃げ回るソージに追いすがるようにして猛毒が迫る。咄嗟に気配を察知したソージは勢いよく右手を振り、それを打ち払う。

「容赦ないぜ……」

 そんなにデカイ図体してるんだから、少しは遠慮しろ。このバカ。内心で罵りながら彼は走る。その光景は、銅鑼どら猫に追いかけ回される、溝鼠どぶねずみのようにはなはだ惨めで冴えないもので、勝利への展望など感じさせる動きではなかった。

 ましてやこの先に待っているのは、モノリスではない。マンホールに入る直前に方向を確認したが、この先は都市中心部からはやや離れた方向へと繋がっている。いままで撃滅師としての任務を遂行するために地下に潜ったことも何度かあったが、こんなに身の危険を感じているのは初めてのことだ。

「そういや、なんで俺、走ってるんだっけ……」

 最早精神が極限状態へと達していた。いろんなことがどうでもよくなる。本当になんで走っているのか思い出せない。迫りくる死の恐怖と闘いながら、それでも彼は進んだ。入り組んだ道を右へ左へ、左へ右へ――。土地勘があることだけを頼りに目的の場所へと進む。

 蛇に追われているのは、結果であって原因ではない。どうしてこんなデカブツと戦おうとしたんだっけな……。後ろから闇によく映える白い大牙が迫る。制服のすそが削り取られた。いまはこんなことを考えてるときではない。

 どれほど走ったかは定かではない。極限の緊張状態は、すでに時間の概念を消し去っていた。それでも彼の進んだ先には一筋の光が見えた。暗闇の中に差し込む一条の光は、天使が彼を導くために残しておいてくれたように思えた。

 その光は、彼自身が前もって創り出していたものだった。

 喫茶店の近くにあったマンホール。

 そこの蓋を外しておいたままにしていたのだ。光の指し示す先には、防水カバーで覆われた木製とプラスチック製の箱が所狭しと押し込んである。これらのほとんどが持ち運べなかった武器弾薬の類だ。

 ソージは懐から緑糸の液体の入った小瓶こびんとオートマグⅢを取り出す。まさかここでこれを使うことになるとは……。正直言って、止めを刺すからの使うと春奈からむしり取ったが、まさか本当にここで使うことになるとは思わなかった。

「春奈……」

 随分と懐かしさを漂わせる名前だ。……思い出した。あのクライアントだ。そーいや、なんだかんだでいろいろあったな。くそっ! もっと大事なことを思い出した。今日はうちのかわいい奈々ちゃんの誕生日だったんだっ!

 すでに彼の姿は闇の奥底で怯え怯む溝鼠となんら変わりがないほど泥まみれだった。

自らの何十倍もの体格を持つ猫に適うネズミなどいるはずがない。

しかしそのネズミだけはちがった。《ハイエナ》とも呼ばれる卑怯で狡猾なネズミは、勝利の手札をまだその手中に残していた。そしてそのネズミは猫を喰い破ろうとする。

「まだ死ぬわけにはいかないぜっ!」

 走りながら緑色の小瓶を山積みの弾薬箱の上に置き、そして去り際にオートマグⅢで素早く打ち砕く。

「散々俺たちを苦しめてくれたお礼だ。おまえには、生きる価値すらない」

発砲。小さな爆発。緑色の液体が爆発し、それが弾薬箱へと誘爆。誘爆は誘爆を呼び、その規模と激しさを連鎖的に増していく。大小さまざまな爆発のパレードが起きることを見届ける前に、ソージは大急ぎで梯子をよじ登る。密閉空間での大規模爆発に巻き込まれているにもかかわらず、《ヨルムンガンド》も平然と追い駆けてくる。なんてっこった。これが切り札だったのに……。

 爆発の炎に包まれる前に、なんとかソージは地上へと出ることに成功した。そしてそのままチカラなくアスファルトの上に横たわる。もう無理だ。これ以上は走れない。時を同じくして地下から大爆発の火柱が上がると、そのマンホールの下から今度は《ヨルムンガンド》が顔を覗かせた。

「ああ。死んだな。こりゃ……」

 雲ひとつない青空と眼前に迫った《ヨルムンガンド》を見比べながら、彼はそんなことをつぶやいた。なんつー、アンバランス。こんな天気のいい日なのに、目の前にいるのが巨大な毒蛇だなんてナンセンスだぜ……。

 ぐったりとして依然として動けずにいるソージ。だが、なぜかデカブツが攻撃してこない。マンホールの中から顔を覗かせたままだった。こちらをいきたまま呑みこむことができる大きな口が開いた。剥き出しになった白い牙がいまにも彼を引き裂こうとする。そして次の瞬間。それは力なく倒れた。彼には知ることなどできなかったが、地下で連鎖的に爆発を起こした武器弾薬の類は、優に数千度を超える高熱となって《ヨルムンガンド》の巨躯を焼き払っていたのだ。頭部だけは難を逃れたようだが、体を失った以上、活動限界を迎えていたのだ。

 すでに頭部とだけとなっても、ソージを追いかけまわそうとしたのは、その血に飢えた瞳を破壊された怨念からだろう。そして憎しみに支配された《ヨルムンガンド》は、その身を何千度もの地獄の業火に焼き尽くされることによって、終焉を迎えたのだ。

 だがしかし――

「…………がっ!」

 その最後の執念はソージの体を貫くことに成功していた。

 チカラなく倒れた頭部に携えられた巨大な白い牙が、その体に突き刺さったとき、彼は死を覚悟した。

 胸に鋭い痛みが奔る。

「…………くっ!」

 思っていたよりも、刺すような痛みだ。なんていうか、これって――チクリ?

 そう。チクリとした痛みだ。

 なんでだ?

 ゆっくりとソージが瞼を上げると、眼前に迫った白い牙は確かに彼の懐へと突き刺さっている。だが、死んでない。それどころか、死ぬ気配すら感じられない。

 彼はその巨大な牙から身を捻くり出そうと数分格闘し、なんとか脱出できたとき、牙に貫かれたはずの懐からなにかが滑り落ちた。本だった。たしかケルト語の魔導書。深々と穴が空けられている。彼はそれを拾い上げて、まじまじと見つめた。

「……意外と魔導書って役に立つもんだな」

 魔力を有しない超能力者である少年は、生まれて初めて魔導書の真価を悟った。


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