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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第四章  From Venoms to Drugs(4)

 一角獣の角の粉末を呑みこまされた春奈が意識を取り戻していた。

 だからといって彼女の状況は予断を許さない。呼吸は落ち着いてきたものの、相変わらず熱は下がらず、体を動かすことはままならない。いまは小康状態だが、いつぶり返してもおかしくないだろう。

 彼女の目が覚めたときには、撃滅師三人がこちらを覗きこむようにしていた。そしてすぐに凛に病状を伝えられ、安静にしていないと命に関わると理解したときには、少なからず心にこたえた。それでもなんとなくだが、自分が死ぬ可能性があることを受け入れることができた。もしそうなれば……もう誰かが犠牲になる姿を見なくてすむから――

「みんな……。ごめん……」

 横になりながら春奈が言う。

「本当にごめんね……」

「んっ? なにか悪いことでもしたのか?」

「そうじゃなくて……足引っぱってるのは、あたしでしょ。あんただって奈々ちゃんを送り返したくてしょうがないはずなのに」

「なんだ、そんなことか。べつにおまえが気にすることじゃないさ。……どちらかというと感謝したいくらいだ」

「……なんのことよ?」

「それは内緒だ。……この病気が治ったなら、教えてやらないこともないけどな」

 こんなときだというのに、やけにソージはにやにやしていた。よほど例の出来事がうれしかったようだ。

「ともかく、あとは俺たちに任せて、おまえはここでゆっくりしてればいいのさ」

「『俺たちに任せて』って、あんたたちなにをするつもりよっ!」

 おもわず大きな声を出そうとした春奈は、むせ込んでしまった。

 淡々として口調で時雨は口を挟んだ。

「やるべきことをやるだけだ」

「……逃げるのよね?」

「そうすると思うか?」

「質問に質問で返さないでっ!」

「そうか。……では答えよう。これから《ヨルムンガンド》を叩き潰す。それも完膚なきまでに徹底的にだ。見ろっ! この装甲の傷をっ! わたしの〈騎竜〉がこんなにもボコボコにされてしまったのだぞ。ここでこのまま引き下がったら、また経費削減に繋がって、修理代も支給されないかもしれないんだっ!」

 心底深刻そうに時雨は頭を抱えてみせた。

 フレームの矯正や神経伝達回路の修復などは、専門の研究所に依頼しなければならず、恐ろしく金がかかる。

「そんなことして……、死んじゃったらどうするのよ」

 正気の沙汰とは思えない発言に常識論を展開しようとする春奈。

 だが、目の前の撃滅師たちにそんなものは通用しなかった。

「死なない。もしも死にそうになったら、ソージを盾にするから大丈夫だ」

 妙に力説した時雨。

「おいおい、俺は死んでもかまわないのかよ」

「そもそもの原因はおまえだ。わたしのために死ねて本望だろう」

「妹のため以外じゃ、ちっともうれしくないぜ」

 ふと凛が口を挟んだ。

「あら、シスコンを卒業したと思ったのに……。まだシスコンだったのね」

「卒業? なんのことよ?」

 いぶかしむ春奈。

 彼女が意識を失っていた間のことを凛が補足する。

「ソージのくせに、奈々ちゃんをひとりで脱出させる算段をしたのよ。彼女はいまひとりでずっと下の階で逃げるタイミングを推し量っているわ」

「ひとり……って、危なくないの?」

「ゼッタイ安全とは言い切れないけど、あたしの見立てでは多分だいじょうぶだと思うわ。奈々ちゃんはがんばり屋さんだから、きっと最後まで走り抜けると思う」

 春奈が不安げな顔をさせながら喉を鳴らす。

「……もしかして、あたしのせいなわけ?」

「べつにおまえがここで倒れたからとか、そういうわけじゃねーよ。俺の妹なら、このくらい出来て当然のことだ」

 ソージはなにも心配しているように見えず、ただ悠然とたたずんでいる。

 そんな彼を凛がからかう。

「一部訂正があるんじゃないの? 『俺の妹』っていう箇所」

「なんだよ、凛。まさか、俺の妹に手を出そうって魂胆か」

「ちがうわ。すでに奈々ちゃんはあんたの妹にあらず。奈々ちゃんはあたしの――」

「わたしの妹にするっ!」

 意表をついて出現した張りのある声。

 一瞬の沈黙。

 二人からの鋭い視線が時雨へと注がれた。

「こういうの、なんて言うんだったかしら?」

「おいしいどこどりとか、漁夫の利みたいな感じじゃねーかな」

「大体そんなニュアンスよね。……きっと覚えてたのジョークよね」

「そうだよな。まさかこんなカタブツみたいな女が、妹が欲しいなんて言い出すわけがないもんな」

 妙にボルテージが上がっていく二人の撃滅師に対し、時雨は憮然と言い放った。

「冗談ではない。本気だ」

 その瞬間。ソージと凛の目が殺気立った。

 どこからともなく強風と〈シャリーン〉が現れて、問答無用で時雨をかっさらっていく。

激しい仲間割れの一幕。公開処刑リンチだ。

「……痛いじゃないか」

 数分後。なんとか生き残ることができた時雨がそう口にした。

 しかし、それは無視される。

 緊張感と悲壮感のカケラもかんじられない雰囲気に、春奈がおもわず口にした。

「あんたたち……、すこし疲れてるんじゃない?」

 時雨は大真面目に答える。

「疲れてなどいない。わたしは常に体力全快だ」

「そうか、なら好都合だぜ。時雨には精一杯活躍してもらう」

「かまわないぞ。なんだったら、わたし一人でもあの蛇を倒してやる」

「ちょ、ちょっと……。やっぱり疲れてるんじゃ……」

「あたしも平気よ。もっとも時雨ほど元気はないけどね」

 凛はやさしく微笑んでみせた。

「じゃあ、凛はサポートを頼むぜ。基本は俺がひっかきまわすから、凛がカバー-をして、時雨が止めを刺す」

「ねえ、聞いてるのっ! あんたたち、ホントにどうしちゃったのよ。それにひっかきまわすって……《ヨルムンガンド》相手にオトリになるつもりっ!」

 必死の形相で春奈が懇願する。まだ自力で起き上がることもできないにも関わらず、なんとか首だけ起こそうと身をよじりながら、

「やめてよ。そんなことしたら、みんなまで帰れなくなっちゃうよ。あたしのことはいいから放って置いてよ。ここでこのまま置き去りにしたってかまわないわ。いや……、むしろ、そっちの方が本望よっ! そしたらもう誰も苦しむ姿も見ないですむじゃないのっ!」

 だが、それは見当違いのようだ。

 すぐに時雨が大真面目に答える。

「甘ったれたことを抜かすなっ! 誰もおまえのために戦うなど一言も口にしていない」

 凛も微笑みながら、しかし面と向かって言う。

「そうよ、春奈。もしかしてあんた、悲劇のヒロイン気取りになってるんじゃないの? あたしたちは、みんな自分のために戦うのよ」

「自分の……ため?」

 何を言ってるんだか、春奈にはさっぱりだ。

「そうだぜ。俺たちはこれでも撃滅師なんだ。べつにあのデカブツから、おまえの治療に必要な素材を奪い取ることなんてついでに過ぎない。俺たちは仕事の一環として、あのデカブツをけちょんけちょんにする。それだけのことだ」

 ソージは胸を張って言った。

 ついでに過ぎない、と。

「あたしのために……。みんな……」

 おもわず涙が浮かびあがってくる。

 誰も春奈のことを助けるなんて言ってないにも関わらずだ。

 彼女を囲う三人の真意は定かではないが、その胸中を彼女は自分勝手に推し量っていたのだろう。

「……ありがとう」

 この言葉は喉もとでぐっと堪えるつもりだった。

 しかし彼女のそんな意志とは関係なく、自然に口から滑り出てしまった。

 彼女は後悔した。

 この言葉を胸に押し留めておけなかったことを……。


 ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう、ありがとう――


 心の中にあるいくつもの引き出しの中にしまいきれなかった言葉が滑り落ちる。いままでは憎しみが閉じ込められていた引き出しが、感謝の言葉ではちきれそうになる。

「感謝すべきことではない。わたしは復讐者アベンジャーとして、家族を虐殺された恨みを果たそうとしているに過ぎないからな。結果として、《ヨルムンガンド》に復讐する機会を与えてもらったことに感謝しているくらいだ」

「あんたってホントに不器用ね……。こういうときは、もっとエレガントに言いなさいよ。あたしは神宮司家の人間だから、もとからここで逃げ出すわけには行かなかったのよ。それにあのデカイ蛇を倒せば、あたしも跡取りとして箔がつくってもんでしょ」

「俺に言わせれば、どっちもどっちだな。俺は春奈が死んだから報酬を振り込んでくれるクライアントがいなくなるから、必然的にここで戦闘せざるを得ないんだ。必然的に、だぞ」

 ソージは同じ言葉を二度繰り返すと、にっこりとほほ笑みながら、

「どさくさで忘れていたが……、今日が妹の誕生日なんだ。とっとと片づけて、誕生パーティーを開こう」

 一片の絶望もない連中が、あたたかく自分を迎え入れようとしてくれる。

 だけど――

 言うべきではなかった。

 ……ありがとうなんて、最悪の言葉は。

「――でも、ごめんなさい……――」

 心の奥底から湧き上がる新たな衝動。どうにか理性がそれを制した。

 誰もが固唾をのんで、春奈の次の言葉を待った。

「……ここであたしが死ねば、もう友達を失わないですむ」

 そう言って彼女は自分自身に問いかけた。

 あたしはなにをしにきたのか?

 《化身》を殺すためにきたのだ。

 なんのために殺すのか?

 失われた友達のかたき討ちのためだ。

そうすればもう――友達を失わないから。

彼女の目的は、仲間を守ることになるのだ。

自分の生命といまの目的を天秤にかけて、彼女は言う。

「みんなが死んじゃったら、もう耐えらんないよ……。あの蛇、相当強いじゃない。まともに戦ったら、みんな、やられちゃうかもしれないんだよ。あたしのことは、もういいよ。だって、あたしは《悪魔憑き》だもの。それに《化身》を殺すことだけを考えて、ここまでついてきてた。それでソージたちにも迷惑かけてたし、死んでもしょうがないんだよっ!」

「死ぬなんて簡単に言うなっ! 俺たちとおまえはもう友達だろうがっ!」

「……まだ友達じゃないよ。だから気にしないで」

 春奈はそう言うと、微力を振り絞って懐から自動拳銃を取り出す。

 あのときソージに『チカラは使用者の心がけ次第で、身を滅ぼすことにもなるし、誰かを守ることだってできる』と教わってから、ずっと仕舞いっぱなしだった『ボディーアーマー・キラー』。もともと装弾数の少ない拳銃だが、まだ弾は残っていた。

「これをこんなふうに使うとは思わなかった……」

 誰かを守るためにチカラ。

 これだって立派な使い道だろう。

みんなを守ることができる。

 そりゃ身を滅ぼすかもしれないが、それでもみんなを生き延びさせることができる。

 これも……正義っていうのかな……。

 森崎春奈は銃口を頭に向けると、微笑んでから、引き金を引いた。

 だが――

「これは俺がとどめの一撃を与えるために使わせてもらうよ」

 すでに彼女の手中に拳銃は握られていなかった。

 いつの間にか、ソージがそれを握っていた。

 おそらくすでに彼女の体の感触や感覚を司る機能が、麻痺しているせいだろう。

「ムリだよ」

 死ぬつもりだったのは、死なせたくなかったからだ。

 春奈ははっきりと言う。

「ソージじゃ勝てないよ」

 いまの彼女の瞳は憎しみに支配されていない。

 しかし絶望一色に支配されていた。

 そんな彼女に対し、ソージはさも自信ありげに言う。

「俺は超能力を使えるから、不可能なことはない。おまえには無理かもしれないことも、俺には可能だ」

 彼は憎しみに支配された人を救うすべは知らない。

 だが、絶望の淵から人を救い出す術なら心得ている。

 それは、あきらめず信じること。

 どんな困難にも立ち向かう心を絶やさないこと。

 そして、絶望の根源を打ち砕くことだ。

「うちの奈々ちゃんは喋れなくても、俺はあきらめなかった。そうしているうちに俺はもっと大事なものに気づかされた。生きていれば、いろんなことがあることをだ。……そう本当にいろんなことがある。今日はとてもめでたい日だから、みんなにも俺の幸せをわけてやろうと思う」

 彼は妙に意味深な台詞を言う。

 そして周りの注目を集めながら、上機嫌に肺いっぱいに空気を吸い込んだ。

「実は今日はさきほどとてもかわいくて聡明で天使のようなクライアントから、依頼を受けたんだ。『春奈お姉ちゃんを助けてあげて』っていう依頼をな。報酬はなにもでない依頼だが、この依頼ばかりは死んでも達成しなけりゃならないんでね」

 その言葉を契機に、春奈の虚ろな瞳に僅かなチカラが宿る。

「……それってもしかして」

「知りたいか?」

「……うん」

「おまえが生きて帰れたら教えてやるよ」

「……いじわる」

「いじわるじゃない。妹想いだ」

 なぜだろうか。

 いつの間にかまだ生きたいと思うココロが彼女の中に芽生えていた。

死ぬ覚悟を決めていたはずなのに、どうしてもその正体が気になる。

そして考えれば考えるほど彼女の胸中で、あたたかい躍動感のようなものが、せわしなく弾けている。なにか新しい息吹が芽生えてた瞬間だった。

いつのまにか――

「わたし……、死にたくない――」

 嗚咽を堪えながら、鼻水をたらしながら、涙を流しながら……。そしてそれらを悟らせまいと歯を食いしばって必死に堪えながら、森崎春奈はそう口にしていた。その表情はひどく歪んでいて、不細工で、不器用なものだった。

 でも――

「人間らしい顔になったな。とても《悪魔》の顔には見えないぜ。もっともうちの奈々ちゃんはおまえと同じ四回目ハザードでも天使のような顔をしているけどな」

 彼の言う通りは、それはれっきとした人間の顔だった。

 最後の最後まで生きることを諦めない。

 醜く足掻きながらも、望みを捨てることができない。

 そこにあるのは――森崎春奈という名前の人間の姿だった。

「さてと、ひと仕事を終えるまで居眠りせずに待ってろよ」

 そう言い残すとソージたちは、後ろを振り返らず、いつも通り貶し合いと打算の入り混じった会話をしながら、屋上を立ち去って行った。


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