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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第四章  From Venoms to Drugs(2)

 そしてくる日の三日目の早朝。

 ソージたちは神社に向かって出発した。喫茶店で装備を充実させたといっても、携行性を度外視したようなシロモノを持ち歩くわけにもいかず、外観から判別できるものといえば、時雨が手にしているベルギー製のショットガンくらいのものだろう。

 さすがに郊外に進むにつれて、民家も絶え絶えになってきたため、仕方なく舗装されたアスファルトの上を歩くことにした。なだらかな傾斜を上って行った先には、凛たちがいるであろう神社がある。

 隣を歩く時雨がふと足をとめた。

「一発だけ撃つぞ。わたしも近づけない」

 そう言った彼女の視線の先には、捕食器をこちらへ向けている〈シャリーン〉の姿があった。その傍には砕け散った白骨が落ちている。場所は鎮守の森に面した通り道だ。どうやら《化身》がここまで浸透していたらしい。

「まあ、しょうがないな。俺もこいつにはいやな思い出がある」

 通り道を塞ぐようにしている人喰い植物のことを、彼は忌々しげ表情で眺めた。

 消化液が尾を曳く二枚貝のような口からは、獲物を目の前にした肉食獣のような印象しか抱けない。このゲテモノのことを凛はたいそう気に入っているようだが、一体どこがかわいいんだ?

「可愛いものを撃つことは忍びないがやむをえん」

「今度のジョークは秀逸だな。いままでのやつよりずっといい」

「……冗談に聞こえたか」

「ちがうのか?」

「ああ。心外だ」

「……おまえの美的センスを、いささか疑う必要ありだな」

 ソージの落胆を打ち消すようにして、時雨がショットガンの引き金を引く。銃声とともに数十発の細かな金属の塊が弾け飛び、〈シャリーン〉を吹き飛ばした。その光景を見て、彼は内心でガッツポーズする。

 なぜか落ち込んでしまった彼女とともに、石段を上ると鳥居が見えた。そしてその先には、いまにも出発しようという凛たちの姿があった。

「奈々っ!」

 駆け出したソージは、例の如く抱き締めようとする。こればっかりは奈々も素直に従うようだ。ひとときの安らぎ。だがそれはすぐに引き裂かれる。

「はいはい、そこのシスコンさん。それ以上は犯罪だから、とっとと離れて」

 春奈にたしなめられて、彼も名残惜しさを噛みしめながらも離れた。

 いま最も大事なのは、これからについて検討することだ。

 いまだに森崎春奈は、鷹鶴宗司のクライアントだ。それと神宮司凛もだ。彼女ら二人は、ソージと《ヨルムンガンド》を倒す内容の契約を結んでいる。いまがどんな状況であれ、依頼は依頼だ。そして今日がタイムリミットである以上、どうにかこなさなければなるまい。

 だがそのまえに――

「妹が世話になったな。凛、それに春奈」

 お礼だけは忘れずにきちんとしておく。

 春奈が言う。

「べつにお礼なんていいわよ。あたしもあんたには大分お世話になったし。それにこれから命懸けの大脱出が残っているんだからね。こんなとこで気を抜いちゃダメよ」

「だが、俺にはまだ依頼が残っている。あの蛇を倒さなければならないからな。ここで退くわけにはいかねーだろ」

「……ダメよ。依頼はクライアントの都合により適宜変更されるものなの。いまのソージへの依頼は『奈々ちゃんと一緒に現実世界へと帰還すること』に変更されているわ。あたしたちも現実世界にもどって、それでおしまいよ。あたしとしてはあんなバケモノと戦うのは、もうこりごりだわ」

 これが彼女の言葉か。ソージは一瞬耳を疑った。自我を失うほど《化身》を憎んでいた人物から出た言葉とは到底思えない。

「……いいのか?」

 思わずそう訊き返してしまう。

 ここに辿りつくまでに通ってきた道をそのまま戻れば、みんな比較的安全に現実世界に帰ることができるだろう。あとは、現実世界におけるモノリスの出現半径五キロよりも遠くに避難すればいい。そうすれば、この場の全員の安全は確保されるだろう。

 春奈が当たり前のように答える。

「ええ。……とっとと帰るわよ」

「だが、おまえはあれほど、《化身》を――」

 ただならぬ雰囲気を察したのだろう。ソージと春奈を見守るようにして、仲間たちが囲んでいた。それぞれが、あたたかい眼差しで春奈の方をそっと包みながら……。

 このとき春奈は、急に胸の中から込み上げてくるものを感じた。

 それがなんなのかは全くわからなかった。

 胸の中のつっかえ棒が落ちたかのような気もするし、それがなくなったことでかえって胸の中にぽっかりと穴が空いてしまったような気もする。それがすっきりするといえばそうだろうし、虚しいといえばそれもまた然りだ。

 彼女は判断に苦しんだ。

 それでも、その正体不明の気持ちを必死で言葉に表そうとする。

「いいから……、帰ろうよ。あたしはね、友達を失ったまま引き下がるのは、癪だよ。悔しいよ。そのことはいつまでたってもわだかまりになると思う。……だけど――いま生きている友達が危険に晒されるのは、もっとイヤ……っ! ってか、たえらんないよ。まだ復讐したいっていう気持ちはないわけじゃないよっ! けど、奈々ちゃんが安全なとこにいる方が、いまはなによりも大事なことなんだよっ!」

 思わず息を吸うこと忘れかけてしまった彼女は、もがき苦しんだ後のように大きく息を吸い込んだ。そしていまだ心に渦巻くなにかを抑えつけるかのように――自分に言い聞かせるかのように、大きな声で叫んだ。

「あたしが奈々ちゃんを守りたいから、こう言ってるのっ! ソージ。あんたも男だったら、ドンッと構えなさいっ! そして奈々ちゃんを、ちゃんと現実世界に送り届けなさいっ!」

 言い終えた途端、なにかを失ったかのように彼女はしゅんとした。

 頬をすべるように駆け抜けたなにかが地面にしたたった。

 思わず手で瞼をまぶたう。

「あれ……。ヘンだな」

 指先にしっとりとした感触があった。

 そして誰に言うまでもなく口にした。

「悲しくなんかないはずのに……」

 森崎春奈はまだ感情の整理がついていない。おそらく自分でもなにを言っているかわからないのだろう。ただ心に浮かんだ言葉をありのまま口にしただけだ。最早もはやそれは会話ではない。おそらく決意や誓いの類なのだろう。

 鷹鶴宗司は何気ない目つきで、彼女の瞳を覗きこんだ。そこには暗く濁ったものがみえたが、明るく透明なものもみえた。いままでの彼女にはなかったものだ。それがなにを表しているのかは定かではない。彼女がどうやってそれを得たのかも不明だ。

 だが、たしかに言えることは、彼女をこのように変化させたのが自分ではないことだ。

 自分はなにもしていない。

 春奈のココロの闇をどうやって掻き消すなど、てんで見当もつかなかった。

 実はこの場にいた全員が、みんなさりげなく春奈の瞳を覗いていた。

 そしてソージと同じ印象を誰もが抱き、同じことを想っていた。


“誰だかわからないが、この中にはなかなか見所があるやつがいるな。森崎春奈を憎しみの呪縛から解き放つなんて”


 ひとりしゃくり上げる彼女を囲うようにして、全員でさりげなく目配せしながら、誰がこんな偉業を成し遂げたのかを探り当てようとしていた。


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