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撃滅師物語  作者: ぺぺぺぺぺ
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第一章 争奪戦(2)

 ソージが見通しのよい道路に出ると、時雨と凛は、お互いに道路を挟んで睨み合いをしている最中だった。二人とも背中に建築物があり、正面には、凛が召喚したであろう〈シャーリーン〉の姿があった――だが残念なことに、パラベラム弾で大分弱らされていた。さらに道のあちこちに空薬莢からやっきょうと投げナイフが散らばっていた。

 《核石》を所持しているのは、いまだ凛のようだ。彼女の手からルビー色の光がこぼれている。二人とも相当に体力・装備を消費しているはずだと予想したソージは、ここで一気に奇襲をかけることにする。

「へっ、死んでも恨むなよ」

 どのみちもう殺されかけているのだ。俺の計算では、こいつらに慈悲を与える必要などない。もっとも、こいつらは俺がやばくなったら、同情して見逃す義務があるが……などと、ソージは自分のエゴにのっとり、不意打ちを敢行する。

 彼が目を付けたのは、二人のすぐ近くにそびえ立っている建造物――四階建てや、五階建てなどの雑居ビルの数々だ。どうやらここは繁華街らしい。宣伝や紹介のための広告が張り巡らされた窓ガラスめがけて、ソージは大気を唸らせ、衝撃破としてぶつけた。

「喰らえ……っ!」

 途端に、けたたましく甲高い音とともに、あちこちの窓ガラスが粉砕される。その数、およそ数百枚。それらひとつひとつ破片が、鋭利な凶器となって、時雨と凛へ降り注いだ。

二人は突然の出来事に驚きながらも、瞬時に状況を判断し、一旦ビルの中へと身を隠そうとする。そのタイミングを狙って、ソージは凛のもとへ音もなく忍び寄ると、彼女の手からいとも容易く《核石》奪い返した。

「やられた分は、やりかえす。それが俺の流儀だ」

 凛がこちらをむっとした表情で睨みつける。

「ちょっと。それ、あたしのよ!」

「ちげーだろ。どう考えても俺んじゃんか」

「なに言ってんのよ。いままであたしの手にあったじゃないっ!」

「そのまえは俺の手元にあったんだよっ! じゃあな」

 ソージはいまだ降り注ぐガラスの雨をもろともせず、外へ飛び出すと、現実世界へ帰るため、モノリスのところへ急いだ。自分の頭上に風を巻き起こしておけば、ガラス片の心配はなくなる。その後も彼は走り続け、目的のモノリスまでの距離が九○○メートルに迫ったところで、進行方向上に、凛が待ち構えていた。

「……っ! ちっくしょう。先読みして、待ち伏せしてやがったな」

「あんたが大通りを避けて行動するのは計算済みよ。最短ルートなら回りこめなかったんだけどね。……とっとと、あたしの《核石》を返しなさいっ!」

「返すわけねえだろ。これは俺んだって」

「いーえ。それは、あ・た・し・の・よ」

「ちげー。ぜったいに俺のもんだ」

「まだ言うか。ぜったいにあたしのっ!」

 向かい立つようにして不毛な言い争いが続くかのように見えた。だが、終焉は唐突に訪れた。

「だからそれは、わたしが倒した獲物から得られた《核石》だと言っているだろうっ! どう考えても、わたしのものだろうがっ!」

 ソージの後方約五○メートルから、時雨が鬼のような形相で叫んでいた。彼女は回り込むなどいった考えは浮かばず、どうやらソージの通った逃走経路をなぞるようにして追い駆けてきたらしい。

「ちがうわよ。最後にそれをソージから奪ったのは、あたしだから。それはあたしのもんよ。時雨っ、あんた、契約撃滅師のくせにして、あたしのものを勝手に奪わないで!」

 凛がまたしても、容赦なく時雨をおちょくるような発言をする。といっても、凛にとってはすでに《核石》を現実世界に持ち帰って名声を高めることしか眼中にあらず、出世欲に取りつかれた彼女は、悪気があって言っているのではない。彼女の脳内では、本当に自分の所有物になっているのだ。

「そうかそうか。……なら、白黒つけてやる。いますぐここで全員を葬ってやるっ!」

 何度も断るが、今回の虚幻世界で《守護獣》を倒したのは、時雨だ。

しかも自分ひとりのチカラだけで討伐した。それなのに、後から二人も強奪者があらわれて、倒した証ともとれる《核石》を自分の所有物だと主張している。……倒したのはなぁ……わたしなんだぞっ!

頭に血が上り過ぎて、さきほどからずっと沸騰しっぱなしで、だがこれといった捌け口が見あたらなかった彼女の頬は、いつになく紅潮している。猛禽のような輝きを放つ双眸が、不気味なまでに一瞬静まり返った。嵐の前の静けさ。そしてすぐにより激烈な、獰猛な輝きを取り戻すや否や、彼女の本当の怒りが爆発する。

 時雨が纏っている〈騎竜〉が羽を広げた竜のように展開する。埋め込まれた内蔵武器の数々の中でも、もっとも強力な装備――歩兵携行用の対戦車ミサイル(ATM)――が姿を現した。

 その途端に強奪者二人の表情が一変し、青ざめた彼らは口々に説得を試みて、《蒼い死神》の怒りを和らげようとする。

「それ……っ! み、ミサイルじゃないのっ! あんた誰に向かって、そんな物騒なもの……。ちょ、聞いてるの? それって冗談で済むほどのシロモノじゃないわよ。成形炸薬の直撃って痛いどころじゃすまないんだけど」

「そうだ、時雨。そんな物騒なものを人に向けて撃とうとするなんて、人間性が疑われるぞ。大体にして、俺たちは同級生じゃないか。お互いに事情はあるだろうが、ここは目を瞑ってだな。おまえはいつも肩っ苦し過ぎるから疲れがたまりやすいんだ。おちつけっ!」

 彼女に冗談は通じない。そして彼女は冗談を口にしない。

 つまり――もう遅い。

「ターゲットを確認した。FCS起動。赤外線センサーとの連動は異常なし。自動追尾装置セットオン。セーフティロック解除。位相干渉は許容範囲内。発射準備完了。カウントダウンは全て省略する。……これでお終いだ。お互いに撃滅師だ。恨むなよ」

 体に宿るわずかな生体電流、及び脳に埋め込まれたインターフェイスをもちいて、最新技術の結晶ともいえる〈騎竜〉と彼女は神経接続をしている。彼女の怒りは〈騎竜〉の怒りでもあり、機械は使用者の感情を忠実に再現した。

 ミサイル発射三秒前――

 ソージは大急ぎでモノリスへと駆け出した。凛は自分の方へ向かって走ってくるソージに対し、一生懸命あっちに行けとゼスチャーを出したが、無視された。

 ミサイル発射二秒前――

 ソージと凛は一緒にモノリスに向けて、全速力で走っていた。もしこの先に夕陽でもあれば、青春の一ページに刻まれるだろうくらいの勢いだ。このときにはもう、凛はソージがもっている《核石》を奪う気さえおきなかった。

 ミサイル発射一秒前――

 常人よりも遥かに強い――撃滅師――の二人が、まるでおびえた子犬のような顔をしていた。ソージの表情はひどく歪んだものとなっていたし、凛のポニーテールはさきほどから風にあおられる鯉のぼりのように、後ろになびいていた。

 ミサイル発射寸前――

「恨むよ、恨むよ、恨むよ、時雨っ! どう考えても、あたしのチカラじゃ生存確率低いんだけど……。それになんでどうしてあたしもなのよ。狙うんなら、ソージだけにしなさいよ。あたしはこれでも神道裏十三家のうちのひとつで、払魔師の家系で――」

「騙されるな、時雨っ! 凛の言っていることはまるっと全部でたらめだ。俺は凛に頼まれて、核石を盗むように指示されてたんだよ。……ああ、なんて不幸な俺(棒読み)。ってか、ミサイルはないだろ、ミサイルは……。おまえのクライアントは、『人間相手にミサイル消費しました』って報告して領収書切ってくれるのかよっ!」

 恐怖に打ち震えながら、それでも二人仲良く貶し合いながら、どうにか命乞いをする。

 時雨は憤怒を抑えることに成功しながらも、

「わたしのクライアント、もとい契約先は《化身》対策専門の試験運用部隊だから、いくらでも融通が利く。……おまえらのように、カネ儲けや、箔をつけるために戦っているのではないのだ。わたしはモノリスに対する復讐者アヴェンジャーなのだからな」

 ミサイル発射――

 両脚部からニ発ずつ、両肩のウエポンラックか三発ずつの、合計十発の対戦車ミサイルがソージたちめがけて発射された。暴風で反らせないかソージは試そうとしたが、精神が乱れて集中できない。

でも、口だけはよく動く――

「げ――っ! あいつ、撃ちやがったよ。容赦なく引き金を絞りやがった。もう頼まれても宿題のプリント写させてやらないからな。金もらっても写させないからな。もう友情なんて甘い言葉を口にさせてやらないからな。……ごめん。やっぱ謝るから、全力で謝るから、この状況をどうにかしてくれ。ひぃぃぃ――っ!」

「宿題のプリントを写させないなんてのは、ぬるいわよ。あたしなら、学校に普段より早く登校して、時雨の上履きを隠して、一日中スリッパを履かせてやるわ。そうすれば、あの子、一日中スリッパのペタペタした音を響かせる生活に送るはめになるわよ。……でもそれよりも、いまはこのミサイルどうにかしてくれないっ!」

 口だけではなかった。足もちゃんと動いていた。

「あーもう、なんでこんだけ全速力で逃げてるのに、追いかけてくるんだ? っていうか凛。おまえ、自力で逃げろよ。なんか便利な植物でも召喚して、いますぐこのミサイルの餌食になってもらえ。そうすればお互いに万々歳だろうが」

「そんな簡単に植物を犠牲に出来るわけないでしょうがっ! どうせ超能力者のあんたには理解出来ないでしょうけどね、これでもあたしは八百万の神様に祈りを捧げて、植物を召喚させて頂いている、由緒正しき祓魔師ふつましなのよ。そんなにホイホイ盾にしてたら、植物の神様に嫌われちゃうわよ」

 そんなことを、恐ろしいほどの早口で罵り合っている二人。

ミサイルは目と鼻の先に迫っていた――

 ふとしたことから、ソージが機転を利かせる。

 なんで俺たちを追い続けられるんだ?

 繰り返すようだが、ヒトのような小さな目標を狙うのは、かなり高精度のセンサー類が必要なのだ。向こうは最新技術の結晶をその身に纏っているが、だからといってテクノロジーを用いていることに違いはない。

 俺たちを追い続けられる理由……?

 動体センサー、赤外線探知センサー、ホーミング誘導なのか、指令誘導なのか、はたまたプログラム誘導なのか。彼はもてる限りの知識を総動員して必死に正解をさがしだす。一番確率が高いのは――

「…………っ!」

 ソージはすぐ近くに放置された軽自動車に向けて、手を振りかざす。大気を唸らせる風の暴風が軽自動車を吹き飛ばし、車体をおおきくひっくり返しながら、ボンネットを道路に大きく擦りつけた。火花を上げながら、車体はいつの間にか火に包まれる。炎上。爆発。 その直後。より高い熱量を求めてミサイルは次々と炎の中に突っ込み、断続的な爆炎を放ち続ける。

 どうやらミサイルは赤外線探知方式だったらしい。そういえば時雨の台詞の中にそのようなことをほのめかす発言があったことを、彼は思い出したのだ。

「あー、これって器物損壊っていうんだ。未登録の撃滅師がそんなことやったら、虚幻世界保護法にひっかかって、罰金刑に処されるわよ」

 落ち着きを取り戻した凛が指摘する。

「目撃者がいればだろうがっ! こうするよりも、ここで二人仲良く昇天することにするべきだったかっ! 教会の神父さんが復活の呪文を唱えることに期待しながらよ。そしたら意外とホントに復活できるかもしれないぜ」

「……わるかったわよ。わるかったから、そんな廚ニのガキみたいな妄想をするのは、やめてちょうだい。虚幻世界で起きたことは、現実世界には反映されないから、見なかったことにする。あたしは居眠りしていて、なんにも覚えていませんでした。ぐーすかぐーすか――」

 後ろを振り返って、時雨が追ってこないことを確認しながら、二人はゆっくりと歩きはじめる。

「ふう、やっと修羅場をくぐり終えたぜ」

「ええ。あたしも命があってよかったわ」

「やっぱり一番大事なものは命だな」

「ええ。お金より、名誉よりも遥かに大事だと思う」

 ソージの言葉に、凛はにべもなく頷いた。

「そうか。……なあ、ホントにそう思ってる?」

「当たり前よっ! こうやって生き残れるとはっきりとわかるわ。はやくそこそこ価値のある《核石》をゲットして名を上げて、神宮司家の跡取りになって、自由気ままな富豪の暮らしを満喫したいわ」

「……言ったな。今ちゃんと言ったよな?」

「なんのことよ?」

 凛はなにかヘンなことを口にしただろうか、と怪訝顔をする。

「命がなによりも大事だってってことを」

「そりゃそうよ。こんなところでしかばねさらすなんてサイアクだもの」

「ホントにホントに命が一番大事?」

「そう言ってるじゃないのよ」

「そうかそうか。……んじゃ、恨むなよ」

「?」

 ソージは意味深な一言を残すと、右手を颯爽と振りかざした。たちまし烈風が巻き起こり、土埃が凛の視界を奪う。彼女がやっと辺りを見渡せるようになったとき、ソージの姿は遥か彼方かなたにあった。

 さらに不幸なことに後ろから、なにか威圧感の塊のようなものが近づいてくる気配と足音。振り向かなくても、その足音の主が誰なのかは容易に想像がついた。

「あ、あのさ……、あたし、なにも持ってないよ……」

 そうか。ソージが言いたかったのは――俺は命も大事だが、カネ儲けのための《核石》も同じくらい大事だ――みたいなことだろう。凛はいまさらになって、自分が失敗したことに気づく。

 時雨は凛の前に立ちはだかると、どこかぶっきらぼうに言う。

「そうか。……だが、わたしはもうそんなことはどうでもいい」

「ならさ、このまま一緒に世間話でもしながら、帰――」

 ガシャッという音がして、時雨の腕部からガトリングが顔を出す。

 微笑んで軽く謝ろうとした凛の顔が凍りつく。

「世間話……!? そんなものくだらない」

「その……。会話って、コミュニケーション力を養うらしいわよ」

「必要ない」

「でも、あんたって常識に疎いじゃないの」

「関係ない」

「もう。心配して言ってるんだからね」

「……自分の身を心配しろっ!」

「あーもうっ! ソージの馬鹿のせいで、こっちはとんだジリ貧じゃないのっ!」

 これからしばしの間この両者は、お互いになんの利益ももたらさない無意味な戦いを繰り広げることとなった。


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