第三章 結ばれゆく者たち(5)
ソージたちは現実世界に戻って、北村を家族のもとへ送り届けた。家族と対面したときは、北村とその両親は号泣していてロクに会話もできない状況だった。
おまえはもう充分に戦ったよ。あとは俺たちに任せろ。家族愛を目の当たりにして、ソージはなにも言わずそこを立ち去った。俺はごくまれに『シスコン』と馬鹿にされることがあるが、俺をシスコンとするならば、中学生くんの両親は、なんという別称をつけられるのだろうか。家族を大事に思う気持ちはなにも変わらないと思うんだが……。
両手を頭の後ろに回しながら、ソージは嘯く。
「悪くねーな。……人を助けるのも」
「おまえはカネ儲けだけに固執し過ぎなんだ」
「それとこれはべつさ」
時雨は自分の部隊と連絡を取るというので、ひとりになったソージはモノリスの周囲を歩き回った。普段ならば撃滅師で溢れかえっている場所なのだが、今回ばかりは人気がまるでない。それに市民はモノリスに恐怖し避難したため、閑散とした街中であることは虚幻世界と変わりなかった。そんな中をソージは歩き続ける。
そして――
「探したぜ、マスター」
入り組んだ路地裏に、マスターの露店があった。
相変わらず非合法でやばいブツを所狭しと押し並べている。ここが地元のためもあり普段よりも盛大に商品を持ち込んでいたようだが、商売あがったりと言わんばかりのしけた顔をしていた。
「なんじゃ、ソージ。……生きておったか」
「あたりまえだろ、マスター。俺が死ぬようなやつに見えるか」
「生きてたんなら、もう少し早く顔を出さんか! そろそろ店を閉じようかと思っていたところじゃぞ」
「それでも俺のために待っててくれたんだろ。そうじゃなきゃ、ほかの撃滅師の姿が見あらないのに、こんなところで商売してるわけないもんな」
つまるところ、商売相手は彼しかいないのだ。
マスターが髭を撫でながら言う。
「風が吹けば桶屋が儲かるみたいなやつじゃよ。なにが起こるかわからんから、ビジネスチャンスを逃さないために、ここにいたんじゃ。べつにおまえさんを待っていたわけじゃない」
「……いまどき、年寄りのツンデレなんて流行らないぜ」
なんのことがわけがわからず怪訝顔をしているマスターに、彼はポケットから本日の戦利品を差し出す。小粒の《核石》が十数個ほど屋台の上に転がった。
「ふむ。……やけにしけた稼ぎじゃな。おまえさん、腕が落ちとるんじゃないか」
どこか残念そうなシャガレ声。
マスターは手に摘むだけで鑑定しようともしなかった。
「うるせー。俺にもいろいろと事情があったんだよ」
「だがこれじゃあ、買い取る方も大変じゃろうが」
「……ぶっちゃけ、いくらぐらい?」
無言のままマスターが差し出したのは、お札が数枚。それ以上は無理のようだ。
「もうちょっと、なんとかなんねーか。今度の《守護獣》は手強くてよ。なんか強力な装備を買い揃えたいんだけど」
「わしの店は、掛け取引はやらんよ」
「現金売買が基本だって言いたいんだろ。わかってるよ。……なら、なんとかしてみせるさ」
思わずそう言ったものも、他に全く当てはなかった。いくら妹を助けるためとはいえ、マスターは大事な取引相手だ。無資格の撃滅師である彼に、かな」りの便宜を図ってくれている。そのマスターの主義に反するようなことはお願いできなかった。
「……そういえばのう」
長い髭を手で弄くりながら、まるで世間話をするかのようにマスターが言う。
「わしの喫茶店のカウンターの中にいろいろとヤバい商品が詰まっておってな。慌てておったんで、それを持ち出すのを忘れておったんじゃよ。それと在庫はいつもマンホールの下の下水道に隠しておる。きちんと防水処理を施したうえでな。それらを現実世界へ持ち運んでいれば、いまごろはひと儲けどころか、ふた儲けもさん儲けもできておったはずなんじゃがのう」
「いいのか?」
「大事な上得意さんを失うわけにはいかないからのう。ギヴ・アンド・テイクじゃよ。ジス・イズ・ビジネスといえばわかるはずだのう」
ああ、借りができちまったぜ。ソージはこの露店の店主に頭を下げた。本当に大事なパートナーだよ、あんたは。
「感謝するぜ、マスター」
「はてな、最近は物忘れがはげしくて……。なにか言ってしまったかのう」
そう言って惚けてみせる老人のことを、彼は快く思う。
そんなおり、どこからか時雨が姿を現した。
「わたしの方は準備万端だぞ」
そう言いながらも、彼女の強襲汎用装甲服はべっこりとヘコんだままだ。
「特に変わったようにはみえねーけど……」
「弾薬補給と簡単な整備をしただけだ。……ミサイルの補給はやはりかなわなかった。いつもの仕入れ先にはあるようだが、予算の許容範囲を越える金額らしい。なんでもいまは非常時ということで、我が隊の事務官は相場の倍を越える金額を、業突張り(ごうつくばり)のじいさんにふっかけられたらしい」
そう言って時雨は仙人のような老人の方を睨みつける。彼女に凝視されたマスターはうっすら目を瞑りながら、それでもとふてぶてしく知らん顔をしていた。
その光景を目撃したソージはピンときた。
「おいおい、じゃあ、その業突張りのじいさんとやらは、ミサイルも扱ってるって言ったのか?」
「そういったつもりだが、理解できなかったのか?」
「いや。俺は出会いに……仲間に恵まれてるなって思っただけだよ」
マスターはうっすら瞼を上げて彼の方を覗きながら、どことなく唇の端が吊り上げた。
ソージがにやりと微笑んだ。
「次に現実世界で会うときは、みんな揃って仲良く帰還しようぜ」
「あたりまえだ。わたしは初めからそのつもりで動いている。……頭でもぶつけたのか? おまえもそのつもりで行動していはずだが」
「……こういうときは、ただ『そうだな』って言えばいいんだよ」
「そうだな」
「おせーよっ!」
彼らは踵を返すと、虚幻世界でやり残した仕事を遂げるために、足早に路地裏を過ぎ去っていった。